にわか剣客・涙の日々 4

 テストを探し出すのは見た目ほど大変な作業ではなかった。すぐにアメリアも手伝いに来たし、時期的に前期の期末テストが終わって間もなかったため、3人が数枚の書類を剥ぐと、そこには前の学校から返されたテストがまとまって放り込まれていた。
 前期の期末テストと中間テストを抱え、リナたちは居間へ戻った。
 ソファにどっかりと腰かけたリナは、足を組んでテストをめくる。
 となりに座ったアメリアがその手元をのぞきこむ。
「0点。……これも0点。逆に才能ですねこれは」
 アメリアは感心したように呟いた。
「だから言ったろ? どういうところを間違えてるとか、そーゆー問題じゃないって」
 2人の前の床にあぐらをかいたガウリイは、大きな体を小さくする。
「おおっ!? すごいですよガウリイさん、これは5点も取ってますっ!」
「文章で回答するヤツだと、先生が甘く付けてくれるから……」
「これはっ! これは会心の出来ですっ! なんと20点も取ってますっ!!」
「選択式のヤツだろう。得意なんだ、オレ……」
 一通り見終えると、ばさりとテストをそろえてリナは息をついた。
 ガウリイは肩をすぼめてリナの表情をうかがう。
「ま、こんなもんでしょう」
 リナの口から洩れたのはそんな冷静な言葉で、ガウリイは深い安堵のため息をついた。
「よかったぁ。見捨てられるかと思った」
「6年も留年しまくった人よ。覚悟してたわ」
 言って、リナは首をかしげる。
「文章回答なんかを見てると、しょーもないバカの書いたものって感じもしないんだけどね。要するにあんた、記憶力がとぼしいのよ、きっと」
「そーなのか?」
「あと、問題読解能力がない。ううん、自分で文章が書けるんだから、読解できないわけじゃないわね。きっと漢字があんまり読めないんだわ。あと、集中力が圧倒的に足りない。何度も同じような問題やってるわりには、学習力もないわね。それから自信」
「……なんかそれって、強烈にまったくダメ、っていう風に聞こえるんだけど」
 言いにくそうに、アメリアが呟く。
「オイ」
 ガウリイがジト目でアメリアをにらんだ。
 リナは肩をすくめる。
「まったくダメとも言えないわよ。大学に行かせる、ってレベルになってくると厳しいかもしんないけど。いや、平均点を取るのもまずムリだとは思うけど。……うーん、というか全教科赤点脱出するのもなかなか……」
 だんだんと小さくなっていくリナの声に、ガウリイの背中も小さくなっていく。
「まったくダメなんじゃないか……」
「いやいや」
 ごまかすように笑って、リナは答案用紙を叩いた。
「要するに、進級できるレベルにすればいいわけでしょ? クールに考えましょ。うちの高校は3科目赤点で落第になるわ。ということは、逆に言えばどうしてもダメな2科目は0点のまま残して、残りの教科ではなんとか30点取ればいーわけよ」
「そ、そう言われるとできそうな気が……」
「暗記中心の現代史と世界史、捨てるのはコレで決定ね」
「その2つは特に苦手だっ」
「じゃーどれが得意?」
 ガウリイは腕を組んで唸った。
「……体育……」
「それは分かってんのよっ!」
「……あと家庭科もそれなりに……」
「実技ばっかりかい」
 リナは自分の鞄からノートを取り出すと、無造作に1枚破り取る。筆箱からボールペンを取りだして、そこに科目を列記した。
 体育のところには◎。家庭科に○。現代史と世界史には×。
「うちの高校の方針から言って、実技系で赤をつけられるってことはまずないと思うのよ。ちゃんと授業に出てる限りはね。問題はテストの点で機械的に成績を付けるものよ」
 話しながらリナは音楽と美術に○を書きこむ。
 ガウリイとアメリアは、紙をのぞきこんで真剣な表情でうなずく。
「さっきのテストを見ても分かる通り、テストで点数を付ける科目の中でも、長文で回答するものだったら先生もおまけしてくれやすいわ。特にこの人みたいに誰が見ても進級が危ない場合は、うちの学校ならある程度なんとかしてもらえると思ってもいいと思う」
 原文と古文、宗教に△。
「問題はそれ以外ね。数学と物理、化学。この3科目を30点取れるところまで鍛える」
 数学、物理、化学の3つに☆マークをつけて、リナはきっぱりと言った。
 それを聞いて、ガウリイはがっくりとうなだれる。
「……ムリだ」
「だからあきらめるのが早すぎるって」
「そーですよガウリイさん! 正義を貫く者には、常に天が味方しますから!」
 リナは手にしたボールペンをぴしっとガウリイに突きつけた。
「この3つの科目には、必ずと言っていいほど公式丸暗記で解ける基礎問題が出るわ。これを解くだけで、確実に15点は取れる」
「……そーなのか?」
「点の取り方なら、このリナちゃんに任せなさいっ!」
 リナは思い切り胸を張る。
「あとは、教科書に載ってる文章題を数字だけ差し替えたもの。これが2、3題は出る。これだったら、何度かやって式の流れを覚えておけば楽勝よ。この類のを2問も解ければ、あと15点は軽いわね」
「そう聞くと、簡単そーだが」
「簡単だもん」
 リナは言い切った。
「後は、本番で焦らずにできるかどうか。簡単な問題はどれなのかを見分けられるかどうか。問題を読み間違えないかどうか。この3つがポイントね」
「やっぱムリ」
 どきっぱり。ガウリイは断言した。
「『やっぱムリ』ぢゃない、やるのよっ!」
 リナは拳で机を叩く。
「そのためにはひたすら反復で問題を解いて、自信を付けること! そしたら自信くらいイヤでもつくわ。このあたしが付いてるんだから、絶対できる。いややってもらう」
「できるかなぁ……」
「で・き・る」
「うーん……」
「進級したいんでしょうがっ!」
「……したいです」
「よし」
 うつむいて頭を下げたガウリイに満足そうにうなずいて、リナは明るくウインクしてみせた。
「とりあえず、今晩にでもテキストを作ってみるわ。それをやってもらって、それからまた話をしましょ」
「……おう……」
 しおしおとなるガウリイの肩を、励ますようにアメリアが叩く。
 進級したいのは山々だが、そのために勉強するのはものすごく嫌なのが劣等性の気持ちである。その根性があるならとっくに高校くらい卒業していただろう。
 リナはノートと筆箱を鞄にしまって立ち上がった。
「よし、そうと決まったら今日の授業はここまで。ご飯でも作りましょ」
「メシかっ!」
「リナが作ってくれるのっ!?」
 今の今までしおれていたのもなんのその。ガウリイとアメリアはとたんに勢いづいた。
 リナはキッチンに向かいながら2人に指を突きつける。
「あんたたちも手伝うのよっ!」
「分かってるわっ!」
 家庭部でいつもご相伴にあずかっているアメリアである。リナの料理がどれほど美味しいかは身に沁みて知っている。
「ガウリイさん、リナの料理は絶品ですよっ!」
 いそいそと立ちあがったアメリアは、ガウリイにウインクした。 

「オードブルに、ガーリックトーストのトマト乗せ、青椒肉絲[チンジャオロース]、甘辛あんかけ豆腐、生ハムサラダ」
 すばらしい手際とすばらしい人使いの荒さ。
 ガウリイとアメリアがリナの指示通り走り回って野菜を刻んでいるうちに、気がつくとテーブルの上には色とりどりの温かな料理が並んでいた。下ごしらえはガウリイとアメリアの担当だが、献立作成、指示出し、および食材をまとめて料理に仕上げるのはすべてリナ1人がやっている。これだけの品数を、温かいものは温かいまま冷たいものは冷たいままに作る手管は並大抵のものではない。お前は一体どこの人気店のシェフだというレベルである。
 ジャンルはめちゃくちゃだが。
「汁物には、カレーシチュー、味噌汁、卵スープ、コーンスープ……これは缶詰で省略」
 おいしそうな匂いの湯気をもうもうと立てるスープたち。これだけで普通の家庭の夕飯2日分くらいになりそうだ。
「魚料理は、さんまの梅煮、エビフライ、サーモンのバターソテー」
「メインの肉料理は、ローストビーフ、鳥唐の甘酢あんかけ、ガーリックチキンステーキに、餃子焼き」
「ご飯ものは、白米もあるけど、チャーハンとビビンパが押しね」
「デザートには、余ったレモンでゼリーを作ったの。あと、白玉小豆かな」
 よどみなく説明しながら、皿を並べていくリナ。
 ガウリイは今にもよだれを垂らして泣き出しそうな表情でテーブルに張り付く。
「おーっおーっおーっ!」
「んーっ作ったーっ!」
 満足そうに言って、リナは所狭しと並んだ皿を見渡す。
「コンロが4つもあるし、鍋も一通りそろってるし、圧力鍋まであるんだもん。張り切っちゃったわっ」
 アメリアはといえば、テーブルに入り切らなくて床にまで並んだ料理に少々引き気味だ。
「さ、さすがに……作り過ぎじゃないリナ? いくらリナでも食べきれないわよ」
「大丈夫でしょ、図体の大きな男もいるんだし」
「食べるっ! いくらでも食べるぞオレはっ!」
 ガウリイはナイフとフォークを構えた。
「もう待てんっ! いただきまーすっ!」
「あっずるいっ! あたしもいただきまーすっ!」
 2匹の飢えたけだものは皿の海に踊りかかった。
「これこれこれっ! このビーフシチューが食べたかったんだっ!」
「あっそれはあたしもイチオシだったのよっ!」
「取るなっ!」
「そっちこそっ!」
 ガウリイはリナが伸ばしたフォークをかいくぐり、深皿からビーフの塊を発掘して口に入れる。
「……う」
 次の瞬間、彼はまさに口からとろけていきそうな顔をした。
「うまいぃっ! これはっ! しっかりとした歯ごたえがありながら、口の中でまるで砂糖菓子のようにとろけていく見事な煮込み具合っ! これはっ絶品っ!」
「にゅほほほほっ! そーでしょそーでしょっ! しかしっ! そのお肉はあたしものよっ!」
「なにをっ!? 渡すもんかっ!」
「あぁーっ! まさか1人でそんなに……鬼! あんた鬼よっ! こーなったら、ローストビーフはあたしが独り占めさせてもらうわっ!」
「やめろぉーっ! それはオレの狙ってたローストビーフーっ!」
「んんーっ! このタレの甘みがたまらないわねっ! さすがあたしっ!」
「あぁー。ローストビーフー」
 本気で涙目のガウリイ。
 だが、すぐにきっと顔を上げて目の前の皿を確保にかかる。
「くそぅ、やるなリナっ! それじゃあオレはこのエビフライをっ!」
「渡すものですかっ! ていっ!」
「それはこっちのセリフだっ! ていていっ!」
 フォークとナイフ、箸とスプーンの丁々発止!
 2人の食欲魔人の前にあっては、店が開けそうだと思われた大量の料理も長く持たない。
 見る間に減っていく料理を隅っこでつまみながら、アメリアは恐れおののいていた。
「まさか、リナと同じくらい食べる人がこの世の中にいたなんて……」
 そして、ほどなくしてテーブルの上は本当に空になってしまった。
「食べたーっ!」
「うまかったーっ!」
 お腹を抱えて天井を仰ぐ食物掃除機たち。
 アメリアは彼女たちの迫力に負けてほとんど手が出せなかったが、それでも一般的な人間として十分な量を口にすることができたので、まったく問題ない。
「食べ過ぎですよ2人とも……」
 げんなりして呟いた言葉も、2人の耳には入っていない模様だ。
 幸せここに極まる、といった表情で恍惚としていたガウリイが、むくりと体を起こした。
「リナ……」
 アメリアは、いつの間にか彼が『お嬢ちゃん』ではなく『リナ』と名前を呼んでいることに気が付く。それはリナの勉強や料理の実力に対する尊敬の表れだろうか。
 ガウリイの澄んだ青い目が、まぶしそうな笑みを浮かべてリナを見つめる。
 頭の中身はともかく、黙っていれば文句なくかっこいい大人の男だ。傍で見ているアメリアの方が、関係もないのにどきりとする。
「あによ」
 リナも少しは感じるところがあったのか、口調は粗いもののこっそり頬を染めていたりする。
 ガウリイは机の上に両手を置いてわずかに身を乗り出し、万感のこもった口調で言った。
「こんなに美味いメシは初めて食った! お前さん、オレと結婚してくれないか」
 アメリアは興奮のあまり立ち上がった。
 リナは驚愕と照れで椅子から転がり落ちた。

 リナの料理を食べて『嫁に来てくれ』と言い出した男はこれが初めてではないこと、むしろほとんどの男がそういう反応を示したことを、リナが思い出したのはガウリイのマンションを出て家に帰ってからだ。
 間違いなく、軽口のたぐいだ。
 いや、「こういうもんが毎日食べたい」と思っているという意味では十分本気かもしれないが、愛や恋とはまるで関係ない次元の話だ。リナが蹴りの一発もお見舞いすればすぐに取り消されるようなたわごとだ。
 同じことを言った他の同級生には即座に愛用のベレッタを抜き放ってBB弾をお見舞いしたというのに、一体何を動揺しているのか。モデルガンを抜くどころか殴りもせず蹴りもせず、ぽーっとして帰ってきてしまうなんて。
 リナはガウリイの部屋とは比べ物にならない狭い自室で頭を抱える。
 空のように輝くサファイアブルーの瞳が妙に目の前をちらついて、あろうことか夢にまで現れて「結婚してくれないか」とのたまった。

NEXT

 ご飯シーンを書いてる時、お腹がすいてたまらなくなりました(笑)。
 もう以前書いてた時の資産はほぼ使い果たし、完全差し替えに突入です。今回はちょっとトーンダウン。

 しかし……なんて健全な話なんだ……orz
 ブログには書いたんですが、あまりの健全さに耐えられなくなりました。プロット書き換えてラブ分を増やしたので、全7回予定に変更です(汗)。
 それにしてもどんだけハイペースで書いてんだ自分。

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