宝箱の中のキス 

『父さん、じいや、お世話をしてくださるみなさんへ

 心配をかけてごめんなさい。
 リナたちと一緒に、一晩だけ城の外で遊んできます。
 リナとガウリイさんが護衛をしてくれるし、危ないことはけしてしないので、安心してください。
 セイルーン・シティからは出ません。
 明日になったら必ず帰ります。

 アメリア・ウィル・テスラ・セイルーン』

 

「――というわけで、火炎球!」
 セイルーン・シティ郊外の森に攻撃呪文の華が咲く。
「己の欲がために、悪魔に心を売り渡した悪党どもよ! 歪んだ心に愛の言葉が届くのならば、この愛と正義の使者アメリアの前に己が罪を悔い改め、正道に戻り来るがよい! それがかなわぬのならば、せめて我が正義の刃で裁きを下そう! とぅっ!!」
「どこだ!」
「何奴!?」
 野盗たちは声の主を探して辺りを見回す。が、その声は梢の上から響いていた!
 驚き騒ぐ野盗たちの前におもむろに姿を現したアメリアは、高みの枝から華麗にジャンプする!
 ずしゃあぁぁぁどがめきゅばきっ! と音を立てて、着地に失敗するアメリア。
「……あんた、前より下手になってない?」
 奇襲をしかけた巨岩の上から浮遊で降りてきたリナは、人としておかしな姿勢で倒れているアメリアを見下ろした。アメリアはがばっと跳ね起きる。
「だいじょうぶよっ! ちょっと、久しぶりなんで張り切りすぎたわっ!」
「……そう……?」
 攻撃の好機のはずだったが、野盗たちはすっかり遠巻きにしていた。
 リナとアメリアは並んでお互いの背中を庇い合った。
「奇襲には失敗したけど――」
「何の問題もないわっ! 行くわよリナっ!」
 2人の声が唱和する。
『炎の矢!』
 2人のかざした4つの手のひらから、数十の炎の矢が出現してシャワーのごとく降り注ぐ。
「うぉぉあぁぁぁっ!?」
「逃げろぉぉぉぉぉっ!!」
 2人を取り囲むように展開してすっかり呆けていた野盗たちはパニックに陥り、逃げまどう。
 もともとけして強い盗賊団というわけではなかったが、いきなり火炎球を叩きこまれ、しかも意味不明な名乗りをあげて木から落ち、平気で起き上がって炎の矢を叩きこんでくるとあっては、落ち着いて対応しろという方がムリな相談である。
 統制も何もあったものではない連中のただなかに、ショートソードを抜き放ったリナと素手のアメリアが突っ込む!
「接近戦と見せかけて爆裂陣っ!」
「受けよ正義の裁きっ!」
 2人が野盗たちをあらかたのしてしまうまで、いくらの時間も必要なかった。
「さぁーて、これからがメインディッシュ。貯め込んだお宝のありか、白状してもらいましょぉか」
 ショートソードの切っ先を向けながらニヤニヤ笑うリナに、涙目の野盗たちが連座してひれ伏した。
「ど、どうか命だけはーっ!」
「んっんー。もちろんよ、お宝さえ素直に差し出してくれれば、命まで取ろうなんて言わないわー」
「……あんた、鬼だ……」
「やかましい。で、どこ」
「そ、それは……」
 お宝は、微々たるものであった。
 リナはぶうたれ顔、アメリアは上機嫌である。
「ったくもー、こんだけーっ?」
「セイルーンは治安がいいものっ! 野盗なんかの暗躍を許したりしませんっ! ビバ・セイルーン、ビバ・正義!」
「ちぇーっ。ま、いっか。久しぶりにアメリアと2人で戦えて楽しかったし」
「そうよ、リナ!」
 アジトをつぶされ、怪我をさせられ、お宝をぶんどられて楽しかったからいっかと言われてしまった野盗たちはたまったものではないだろう。しかし、リナに言わせれば「悪人に人権はない!」というわけである。
 ひれ伏したままの野盗たちに涙ながらに見送られ、仲良くきゃっきゃと去ろうとしていた2人は、ふと目を見合わせた。
「リナ……」
「分かってる」
 そのまま何食わぬ顔で森に入った2人は、目配せひとつ、息を合わせて散開する!
「火炎――」
 しかし、繁みから姿を現したのは、金髪長身の剣士だった。
 黙っていれば文句なしの美形、鍛えられた体に業物の剣をつるし、火炎球の余波でいまだ熱気冷めやらぬ野盗のアジトに気負うところもなく踏み込む。
 剣士は、あきれきったような半眼で2人をしらじらと見下ろした。
「――何やってんだ、リナ、アメリア」
 2人の娘は唱えかけた呪文を取りやめ、顔を見合わせる。
 しばし迷った末、娘たちは並んで剣士を見上げ、胸を張って口々に答えた。
「正義の鉄槌です」
「乙女の再会のコミュニケーションよ」
「お前らなぁ……」
 ガウリイは深いため息をつく。
「女の子同士の話があるっていうから、黙って送り出してやりゃ、これだ。アメリア、お前さん危ないことはしませんって手紙に書いてなかったか」
「リナと一緒に悪を成敗するのに、危ないことなんか何もありませんっ!」
「いや、あるだろ……」
 さらに言い募ろうとしたガウリイをさえぎって、繁みの奥から声が割り込んだ。
「相変わらずだな」
 リナとアメリアの視線が、新たに繁みをかきわけて現れたもう1人の剣士に向く。
 白いフードに白いマント、白づくめの姿に細身の剣をつるしている。フードに隠してはいるが、よく見ればその肌は岩に覆われ、髪は金属質で堅い。
 他にそのような姿をした者があるはずもない。昔一緒に旅をしたもう1人の仲間、ゼルガディスであった。
「ゼル!」
「ゼルガディスさん!」
 岩の指が、フードを跳ね上げ、顔の覆いを引き下ろす。その顔は、間違いなく旧知の友のものだ。
 鋭利な視線も、堅く引き結んだ気難しそうな口元も、まったく変わらない。
 変わらない、ということは、変わりたいと願って旅を続ける彼にとって喜ばしいことではないのだろうが、今はただ懐かしい。アメリアはふわ、と笑った。
 昔彼に抱いていたような胸の高鳴りは、今はもうない。けれども、やはりゼルガディスはゼルガディスのままで、アメリアにとって胸の宝箱の、そのまた一番奥に隠した宝物なのだ。リナにしたように抱きつく気にもなれない。
 だからただ、ぺこりと頭を下げた。
「――お久しぶりです」
 だが彼は、再会を懐かしむ間もなくこめかみに指を押しあてた。
「アメリア、お前なぁ……」
「え」
「犯罪者じゃないんだから、世界中に似顔絵を張り出さないでくれ! セイルーンの兵士たちには詰問されるし、会いたくない古なじみは追ってくるし、ひどい目にあったぞ!」
「え、えへ」
 ゼルもか……と呟くリナとガウリイ。
「しかも、事情が事情だからと顔を隠して王宮まで行ってやったというのに、リナと一緒にどこかへ消えて行方不明だと……!? 城下町に探しに出てみれば、近くの森から爆発音が聞こえるし……! 目まいがしたぞ、俺は」
「あ、あはははは」
「リナもリナだ。もうじき第一王位継承者になろうという人間をこんなところに連れ出して、どういうつもりだ」
「どういうもこういうも、人間誰だってたまには羽を伸ばす時間が必要なのよ」
 リナは堂々と胸を張って答えた。
「だからといって、盗賊のアジトを襲う必要はどこにもないだろう」
「だって、乙女としてはたまに盗賊を吹っ飛ばしておかないと、お肌に悪いじゃない?」
「そんなわけがあるかっ!」
 男衆は、そろって闇よりも深いため息をついた。
 どれだけ叱り飛ばしたところで、まるっきり、応えていない。リナはもちろんのこと、アメリアだって照れ笑いをしながら反省のかけらも見せない。
 保護者を名乗る男と、その男の心情に今深く同調している男は、2人でお互いのあきらめの心境を確かめ合い、いたしかたないと首を振った。
「まぁ、ともかく……こんなとこからは、早く離れるぞ」

 

 一行は、高すぎもせず安すぎもしない、つまりは普段リナたちが泊まるような宿に部屋を取っていた。
 4人で旅をしていた頃は部屋に空きがある限り1人1部屋を取っていたのだが、その日に限っては2人部屋を2つ取った。1つにはゼルガディスが自分の名前を宿帳に書くのを嫌がったからであり、もう1つには4人で集まって夜中まで飲む気満々で、寝るつもりなどなかったからだ。
 1階の食堂兼酒場から瓶で数本分の酒と大量のつまみを分けてもらい、部屋へ持ち込む。女性陣の部屋の方が広かったので、集まるのはそちらの部屋になった。
「あーさっぱりした」
「悪を成敗して、すっきりと汗を流す! これってやっぱり最高ねリナ!」
 2人で風呂に行っていたリナとアメリアが帰ってくる。
 その姿は、湯あがりにパジャマを着ただけの無防備な格好だ。洗いっ放しの髪を無造作に束ねているため、普段は髪で隠れているうなじがあからさまになっている。湯気ですっかり上気した肢体に、薄いパジャマ1枚。さすがに透けて見えたりはしないが、胸元やらいろいろ露わになっている。
 先にガウリイと2人で男の酒を酌み交わしていたゼルが、ぽっと赤紫になった。
 ちなみに、ガウリイはいつも通りの泰然とした笑顔である。
「あーっ、2人で先に飲んでる! あたしもあたしもっ!」
「あ、あわてなくてもたっぷりとある……っ」
「――あ、何赤くなってんのゼルちゃーん? さてはこのあたしの色気に惚れたな?」
「お前なぁ!」
 アルコールを注ぎ込んだジョッキを渡したのは床に座ったガウリイで、リナはそのガウリイのとなりに当たり前のようにちょこんと座った。
 その動作に、アメリアはわずかの違和感を抱く。リナがガウリイの横に行くのは特に前と変わりないのだが、その距離が、少し近い。指先がふれるくらいに。
(とうとう、だろうか)
 そう思うと、含み笑いがもれた。
 2人がお互いを特別に思っているのは、みんなが承知していた。いつまでも距離を保ったままの2人にもどかしい思いをしていたのはアメリアだけではないはずだった。
 どうやって聞いてやろう。
 少し考え、考えた末に正面突破を選んだ。
「リナ、ガウリイさんとしたの?」
『ぶっ!』
 酒を噴き出したのは男性陣で、当のリナはいっぺんに顔をゆでだこのようにして立ちあがった。
「アぁメリアぁッ!!」
「したんでしょ」
「しッ、したんでしょってあんたそんなあまりにも表現がストレートだっちゅうか、ものには聞き方っていうもんがあるってゆうか、はっ、花も恥じらう乙女がなんちゅうことを……ッ」
「――したんだ」
 ぷしゅぅぅぅぅぅっと音がしそうなほどにしぼんで、リナは丸まった。
「――知らない」
「ガウリイさん?」
 矛先をガウリイに向けると、彼もリナほどではないがしっかりと頬を紅潮させていたりする。
 大きな手で口元を押さえ、あさっての方を見ながら、蚊の鳴くような声でぽつりと言った。
「――したよ」
「くぉらガウリイッっ!!」
 リナ団子から足が一本突きだされ、となりのガウリイを蹴っ飛ばした。
 本当ならよけられるはずのガウリイがおとなしく蹴られてやるのはいつものことだが、そのまま床に突っ伏しているのは、照れ隠しか。
 あまりにも微笑ましくて、見ている方も恥ずかしい。
「そっかぁ……」
 アメリアはベッドに腰かけたまま足をぶらぶらとさせた。
「いいなぁ」
「……コメントに困るんですけど……」
 団子になったまま、リナがぶつぶつと言う。
 その照れる様子がかわいいのも、2人の仲の良さも、何もかもがうらやましい。セイルーンの王女に生まれたという自分の運命が悪いものだとは思わないが、2人のようになれたらなぁ、と思う気持ちもまた存在するのだ。
「――命知らずだな、旦那」
「ほっといてくれ」
 ゼルガディスのからかいに、ガウリイは突っ伏したままもぐもぐと答えた。どういう意味よぉとリナが文句を言う。
 アメリアは首を振って忍び寄る寂しさを振り払った。口角を上げて思いっ切り笑って見せる。
「ね、乾杯しましょう!」
 床に置かれていたジョッキを取り上げ、瓶からアルコールを注いだ。
 最初にゼルが、次にガウリイが、最後にしぶしぶ顔を見せた真赤なままのリナが、ジョッキを取り上げた。
 武骨な、ブリキのジョッキ。久しぶりに見るものだった。
 堅い寝台も、薄い布団も、ぎしぎし軋む木の床も、何もかもみんな懐かしい。まるで、時を飛び越えてあの頃に帰ったような気がした。
「――暮らす場所がどんなに離れていても、どんなに変わっても、わたしたちなかよし4人組が正義を愛する心は常に1つですっ! 乾杯っ!」
 一瞬、続く唱和がなく、しんとした。
「……なかよし4人組、ってのはどーもアレなんだけど……」
「まぁまぁリナ、今日はアメリアのお祝いだから」
「……だな」
 こそこそささやいたあとに、改めて残る3人もジョッキを持ち上げた。
『乾杯!!』
 がつん、とジョッキをぶつけ合う。ぶつかった拍子にこぼれた滴にすら、4人は笑う。4通りの、裏も表もない明るい笑い声が狭い部屋を満たす。
 別れていた間の時間の壁なんて、まるでなかったようだった。リナとガウリイがおつまみを片端から試しては、どれが美味しいこれはいまいちと論評し合う。ゼルガディスはそれに茶々を入れながら、1人離れてアルコールを傾ける。アメリアは、ハイテンションについていけないゼルガディスに話しかける。
 そう、こんな風だった、と思い出す。
「――そうだアメリア、ちょっと」
 ふと、リナが立ちあがってアメリアのいるベッドの方へ歩いてきた。
「な、何?」
「何怯えてんの。髪乾かしたげるから」
「あっ、そういえばリナそんなことしてたわね」
 リナはアメリアのとなりに座ると、アメリアを後ろ向きにして後頭部に両手をかざした。澄んだ声がひとつづりの呪文を唱えると、小さなリナの手からほわり、とした暖気が生まれる。
 熱いというほどではないが、顔の周りが蒸しっとする。
「髪、かき混ぜると早く乾くわよ」
「うん」
 わしゃわしゃと髪をかき混ぜていると、本当にすぐに乾いてきた。
「うわー便利ねこれ」
「まだちょっと肌寒いからね。乾かしとくと風邪引かないで済むわ。髪の傷みもいくらかいい気がするのよね」
「リナって、ずっと旅してるのに美容に気を遣ってるわよね」
「こういう生活だからこそ! 気を遣わなきゃすぐにお肌ぼろぼろよ!」
「そうそう、肌がすっごく綺麗なのよね。もちもちっとしててさ。うらやましい」
「ふふふん。そーでしょ」
 アメリアは振りむいて、リナの頬をむにーっと引っ張った。
「にゅーっ。何すんのお」
「んー。スキンケアとか、何か使ってんの?」
「んっふっふ。よくぞ聞いてくれました」
 得意そうに笑ったリナは、立ち上がって自分の荷物から何やら小瓶を取りだす。
「じゃーん。ラルティーグ王国で有名なルシエルってお店で買ったのよ。もちろん値切ったけど、高かったんだから! でもこれが効果抜群なのよ!」
「へぇ。リナってあっちこっち行ってるから、いろんなお店を比べられるわよねぇ」
「そ。あんたこそ何使ってんのよ。王女様の美容法ってのも興味あるわー」
「あっわたしはねぇ」
 それぞれ自分の荷物を取りだして、製法がどうの値段がどうのと大騒ぎ。お互いの顔にぺたぺた美容液を塗って褒め合ったりしている。
 女の子同士の、女の子同士らしい騒ぎに、年かさの男2人はいたたまれない顔でいつの間にか部屋の隅に集まった。こういう雰囲気では仕方のないこととはいえ、哀れを催す図である。
「……リナにも、あんなところがあったんだなぁ」
「……ずっとああやっていれば、世界はいくらか平和かもしれん」
 ガウリイはぷっと吹き出した。
「違いない」

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