このお話は、がうりなばすけっとさまに投稿された由江さんの『ヴァンパイアの花嫁』を、許可をいただいて翻案したものです。おまけにあったとあるセリフを、ガウリイさんいわくの「別のシチュエーション」で言わせることだけが目的です(笑)。
 もし読んでいない方がいらしたら、ぜひ元のお話の方も読んでくださいましね! 素晴らしいお話ですから!!

由江さんのサイトはこちら→ 突撃ニルヴァーナ

 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−なずな 拝

花嫁と長い夜 

 彼は青い血にまみれた。
 同じ青でも、彼の瞳の色が水の青とするなら、その青は毒の青だ。まるでブルーベリーを全身にこすりつけたようだった。
 ぞくりとするほどの不吉さを感じるあたしに向かって、彼は微笑んだ。
「終わったな」
 しかし、何も終わってはいなかった。
 少なくともあたしにとって、魔族との戦いなどという日常的きわまりないできごとより、それからのことの方がよほど、事件だった。



 その村は、深い森の中にひっそりとたたずんでいる。
 もともとは、豊かな自然資源に基づく林業と、それを下敷きにした木工工芸でひそやかにではあるがにぎわった村である。かねてから耳にする名だったので話の種にと立ち寄ったのだが……そこで待っていたのは穏やかに息づく伝統工芸ではなく、血塗られた惨劇の名残だった。
 いまや、村人のほとんどが門戸を閉ざし、息をするのすら恐れるように隠れ住んでいる。何もかも、近所の森に棲み付いた魔族のせいだった。
 ゆきがかり上と提示された報酬のため、あたしとガウリイはその森深くを訪れた。こう言っては何だが、この村にとっては不幸中の幸いだったはずだ。下級魔族が相手では、大方の魔道士や剣士にどーこーできるわけもない。しかし、あたしたちにはそこまで厳しい相手というわけでもない。むろんこれは自慢なのだが。
 こんなことを言えるのは、実力もさることながら望みもしないのに豊かな経験のためである。この話を聞いたあなたは、たとえ腕に自信があったとしても、感心しつつ真似しないように。
 あたしたちが村の敷地に足を踏み入れたとたん、いくつかの扉がばたばたと開いた。
 村の入り口をじっと見守っていたのだろう。おそらくは、あたしたちが出発してからずっと、恐れと期待を同じくらい抱きながら。
 あたしは彼らを安心させるように微笑む。
「うっふっふ、報酬楽しみにしてるわよっ」
 となりでガウリイがずっこけた。
 出てきた村人たちの1人、村長代理を務めている老人が進み出てきた。多少ひきつりながらも、笑顔を浮かべている。うみゅ。なかなか懐の大きいじーちゃんである。
「リナどの。それでは、あいつは……」
「ええ、倒したわ」
 あたしの目配せを受けて、ガウリイが高々と腕を上げる。その手には木彫りの人形。青い血にまみれている。
 集まった人々からどよめきが上がる。その声を聞いて、まだ閉じたままだった扉がちらほら開き始めた。
「魔族は死体を残さないわ。だから大した証拠も持って来れなかったけど……これは、この村から奪われたものよね?」
 魔族というのは本来精神体である。身体があるように見えるのも魔族らの力によってそう見せているだけだから、死ねば当然無に返る。それで言うとわざわざ血が飛び散るのもおかしいような気がするが、そこはそれ、凝り性のやつはどこにでもいる。
「確かに……」
 痛みをこらえるような声音で言い、村長代理は人形を受け取った。それが奪われた経緯にも、いろいろとあったのだろう。知んないけど。
「ありがとうございますじゃ……本当に、ありがとうございますじゃ。あなたがたには、何とお礼を申してよいか」
「まっ、あたしたちにかかればざっとこんなもんよ」
 あたしは暗い雰囲気を吹き飛ばすように笑った。
「それで……報酬の方は……」
「もちろん用意しております。それとは別に……今晩はこのままこちらにお泊りいただけませんかのぅ。出発には少々遅い時間ですし、せめてものお礼に心ばかりのお食事をご用意いたしますじゃ」
 あたしはガウリイを見た。なーんも考えてなさそうな瞳が、『食事だぁっ!』とかゆっている。
 あたしとしても、断る理由はない。
「それでは、お言葉に甘えて……」
 村長代理は満面に笑顔を浮かべた。
 感謝されて、報酬もきちんともらえる。たまにはいい仕事もあったものである。
 ……いや、それが普通だって言われると非常に答えにくいものがあるんだけど……。



 あたしたちは宿の部屋を貸し与えられていた。
 といっても、この宿無人である。元の住人はこの騒ぎで帰らぬ人となったうちの数人らしい。村長代理はぜひ自分の家にと言ってくれたのだが、丁重にお断りした。万が一魔族を討ちもらしていたら襲撃があるかもしれないから、というのが表向きの理由だ。しかしそんなことは万が一どころか百万が一もないだろう。
 正直なところ、この村の人々は暗くていけないっ!
 もう、暇さえあればメソメソしているのである。そんな人たちに囲まれていては、こっちまで夢見が悪くなってしまうではないか。
 まぁ、そんなわけで無人の客室をお借りしたのだ。
 それぞれの部屋に荷物を置き、何やら宴の準備をしている村人たちを邪魔しないよう、しばしのんびりと過ごした。
 夕方日が落ちかける頃、部屋に数人の女性が訪ねてきた。ほとんど、残っている若い女性のすべてなんじゃないだろうか。
「こんばんは、リナさん。おくつろぎのところお邪魔してすみません」
「構いませんけど……どうかしましたか?」
 一応聞いてみるものの、彼女たちは満面の笑みで、問題が起こったようには見えない。宴に呼びに来たにしては早い気がするが……。
「いえ、リナさんは旅の方ですから、普段着るための服なんてお持ちじゃないんじゃないかと思いまして」
「へ? そりゃ持ってませんけど」
「やっぱり! せっかくの席ですから、どうぞ着替えてくださいな!」
 と、にこにこ差し出されたのはめまいがするほど女の子の服。
 村の誰かが提供してくれたに違いない。たぶん、けっこう奮発してるんじゃないだろうか。肌触りのよさそうな布地は、普段着たりしたらあっという間に汚れそうな純白。それがかなり贅沢に使われており、彼女の手の中でふわりふわりと揺れていた。
 今さら女の子ぶるような柄でもない。大体、彼女たちはごく普通の、作業に耐える服である。言ってしまえば持って来られたのは外出着、他の人は普段着。
 目立つのは大好きだが、さすがに1人でお洒落をするような悪目立ちは恥ずかしい。
「あ、いえあたしはこのままでいいんで」
 引きつり笑いを浮かべながら適当に言葉を濁すが、敵は盛り上がり真っ最中の若い女性である。その程度で引くはずもない。
「そんなこと言わないで! かわいい格好して、お連れの方をあっと言わせましょうよー!」
 1人がそう言った途端、残りの数人から悲鳴が上がる。
 危険を察知した悲鳴とか、物悲しい悲鳴とか、そういうものではない。いわゆる黄色い声というヤツである。
「くぅぅ! 普段色気のない戦闘姿の彼女がふいに見せる女の顔!」
「彼は思わず自問自答するのよ、『これは……誰だ? どうしてオレは彼女から目が離せない……?』」
「そして燃え上がる恋! 萌えっ!」
「……おいねーちゃんたち……」
 どうやら、若くてそこそこ見目のいい旅の男女の組み合わせは、彼女たちの娯楽の的になっているらしい。
 確かにいる。別段見るに耐えない容姿というわけでもなく、性格が激しく歪んでいるわけでもなく、その気になればいくらでも自分で経験できるだろうに、他人の色恋沙汰へ並々ならぬ関心を見せる若い女性たち!
 彼女たちの目には常に恋愛フィルターがかかっており、ちょっと若い宿屋のおっちゃんと笑み交わしただけで「すわ! これは恋の芽生え!」となる。こうなってしまうと、『必殺おせっかい』が相手とくっつかざるをえなくなるまで続き、気がつくとそんなつもりもなかったのにカップルにされていたりするのである。
 邪気がないだけに手ごわい。
 しかもあたしとガウリイの場合……その、そういった事実がまったくないというわけでもないから困ったもんである。
「あのですねぇ、みなさん」
 あたしが頭痛を抑えつつなだめにかかろうとした時、タイミングの悪いことにとなりの部屋の扉が空いてしまった。
「おう、リナ。こんなとこで集まって何やってんだ?」
 頭の中をぐしゃぐしゃにかきみだされるような悲鳴の中、あたしはため息をついた。




 しばしののち、村人たちが好意で催してくれた宴の中、主賓席、あたしは白いワンピースに包まれて頭痛を抑えていた。
 押し切られてしまった……。
 あたしだって一応女の子である。男女の好意なぞというものを寄せている男に「へぇ、見てみたいな」などと無邪気に喜ばれれば、まぁたまにはいいかなとか思ってしまうと言うものである。誰だそこ、似合わないとかなんとか言ってるのは。
 踵の高い靴に乗っかった身体は、細身のワンピースで締め付けられている。ウエストの辺りなんか本気で苦しいくらいだが、スカート部分はあくまでふんわりと広がっており、正直足が寒い。
 あんまし乙女趣味だったら断固として拒否してやると思ったものの、品のいいワンピースはあたしのスレンダーな身体にもよく似合った。
 着替えて出てきたあたしを見て、ガウリイは、ふわ、と笑った。
 まぁ、いらん気を回してきたねーちゃんたちのことは、許してやらんでもない。
「リナ? 具合でも悪いのか?」
 突然額に当てられた手に、あたしは物思いから引き戻された。
 となりの席のガウリイが、心持ち真剣な顔をしてこちらをのぞきこんでいる。
「なんで? 元気よ」
「いや、あんまし食が進まないみたいだから……」
「ああ、ちょっと腰がきつくってね」
 あたしは自分のお腹をさすってみせる。紐で幾重にもくくられたそこは、傍目にも細すぎるほど細いはずだ。
「うわ、めちゃめちゃ締めてるな」
 言いながら気軽にさわってくる手を、あたしはあわてて弾いた。
 ガウリイに身体をさわられることへの抵抗はあまりないのだが、何しろ位置が位置である。その上、遠くから件のおせっかい娘たちが注目している。
 手を弾かれたガウリイは少々困惑した顔をして自分の手を見ていたが、何も言わなかった。
 旅の相棒であるガウリイとあたしは、まぁその一般的に言う恋人同士というやつでもあるようである。お互いに好意を確認しあっているのだから、そうなのだろう。
 しかし、恋人同士といって連想されるような行為はいっさいしていない。嫌だというわけでもないし、あたしに強固な貞操観念があるわけでもない。単に、その、照れくさいのである。
 その点、ガウリイはさすが筋金入りのお人よしだった。にっこり笑って、何年でも待つとまで言ってくれてしまった。忍耐強いというか、何と言うか……。
 そんなこんなで、あまりぺたぺたさわられるのには免疫がないのだ。いや、何でもなかった時より、よほど恥ずかしい。
「リナさん、ガウリイさん、楽しんでらっしゃいますか?」
 出た、おせっかい娘その1。
 いかにも何か期待してますという顔であたしたちの席を訪れたのは、夕方部屋に来た女性の1人だった。言い訳のように皿いっぱいの果物を手に持ち、にこにこ笑っている。しかしその本心は様子見というところだろう。タイミングがよすぎる。
 ゆっくりさせてやろうという配慮なのか、彼らも自分たちの喜びで手いっぱいなのか、あたしたちはさほど構われることなく主賓席に収まっていた。実際なんやかやと声をかけられても気ぜわしいので、放っておいてもらえるのはありがたい。彼らだって、恐怖から解放された喜びに浸りたいだろう。
 中で時々声をかけに来るのは、若い女性が中心だった。ガウリイの容姿の効果かもしれないし、単に好奇心旺盛なのかもしれない。
「果物、いかがですか? 近所の村で取れたのを直送してもらってるんです。新鮮でおいしいですよ」
「へぇ、いただきます」
 嬉しそうに手を伸ばすガウリイ。
 いくつかをあたしに放り、自分でも倍くらい取って片端からむしゃぶりつく。あたしも当然もらった分をおいしくいただいた。
 この果物だが、確かにしゃりしゃりして果汁たっぷり、そこらの食堂の料理よりよっぽどおいしい。ちょっとの間食べるのに夢中になった。だから、その間にどんなやり取りがあったのかはまともに聞いていない。
 ふと顔を上げた時、なぜだか頬を染めた娘さんとガウリイが手と手を取り合っていた。
 しゃりしゃり。
 あたしは果物にかぶりつきながら、それを見学する。
「あ、あの……」
 困ったような彼女の顔。なるほど、積極的に手を握ってるのはガウリイの方か。
 ちらりとのぞきこめば、ガウリイは食いつきそうな目で彼女の手を見ている。あたしにすら見せたことないような、男の目だった。
 あたしは少しばかり眉を上げる。
 そりゃあたしの手は白魚のようとは言いがたい。旅なぞして剣を振り回しているのだ、荒れてない方がおかしい。一応気を遣っちゃいるが、剣ダコと擦り傷その他もろもろであんまし綺麗なもんじゃない。
 あたしが見ていることに気付いたのだろう、彼女の顔に真剣な焦りが浮かんだ。
「あ、えぇと私の手がどうかしましたか? 別に怪我とか、してないと思いますけど」
 明るさを装ってごまかそうとする彼女。しかし、声がわずかに震えている。
 黙って見ているのも悪趣味かと、あたしはため息をついた。
「彼女、困ってるわよ。どういうつもりか知らないけど、放してあげたら」
「……あ、悪い」
 かすれた声で言い、ガウリイの手が緩む。彼女がほっと息をつく。
 しかし、次の瞬間また、傍目から見ても強すぎるほどの力で指を捕らえた。
「痛っ」
 彼女の小さな悲鳴。その目は、すがるようにあたしへ向けられた。
 あたしは、ついと視線を逸らして手にした果物に歯を立てる。
「……あのね、何なのよ?」
「……違う」
 ガウリイの声は、どんな感情の故か押し殺した響きをしている。絞り出したようにかすれ、小さいのにひどく強い。
 さすがに不審になってあたしが立ち上がろうとしたのと、2人の手が離されたのはほぼ同時だった。その、なんでもないはずの行為にガウリイの呻きが重なった。
「……ガウリイ?」
 自分でも、途方に暮れたような声だったと思う。
 申し訳なさそうな、苦しそうな、安心させるような、複雑な顔でガウリイはあたしを振り向き笑った。そして、そのままそこに倒れた。
「ガウリイっ!」
 その時までずっと手にしていた果物が、あたしの手からすべり落ちた。
 場が一気にざわめき、色めき立つ。あたしはガウリイの脇に膝をつきながら、腕を上げた。
「動かないで! 全員そのままよ!」
 あたしの脳裏に最初に浮かんだのは、毒か、という言葉だった。だとすれば、混乱を起こすのは得策じゃない。騒ぎに乗じて犯人に逃げられる可能性があるし、証拠を消されでもしたら目が当てられない。
 固まった村人たちとガウリイとを交互に見やりながら、指を伸ばして彼が食べていた果物を手に取る。軽く歯を立ててかけらを舌に乗せる。しかし、毒の味はしなかった。

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