アイシテル 



 ――『愛してる』とは、あなたにとってどんな気持ちですか?

「はぁ? 何それ、『愛してる』? んな質問に答えなきゃいけないわけ?
 うーんとそうねぇ……愛してる、愛してるか。それっくらい思うっていうと、やっぱり美味しいごはんをお腹いっぱい食べたときの気持ちかな♪ これがなかなか、簡単そうで難しいのよ。だってさ、いろんな美味しいものを食べてきたこのあたしの眼鏡にかなうお店なんてそうそうないし。たまに見つけたらお上品に一品ずつしか出さないとかさ、そんなもんじゃお腹いっぱいにならないっての。やっぱり美味しいごはんは、舌もお腹も満足させるものじゃないとね。たまに質よし量よしのお店を見つけたと思ってもガウリイが……あーっそうなのよ、ガウリイよっ。彼があたしの分を取ったりするもんだからこないだだって、あたしの愛しいエルメキアの一等肉がすっかり、せっかく取っておいたのに……くぅぅっ。
 あそうそう、それからお金も当然ね。生活するのに、お金はいくらあっても困ることはないもの。これぞもっとも愛しきものよね。そうでもなくても……え? 何よ、人が話してるのを止めたりして。不合格ぅ!? なんでよ、ちょっと説明しなさいよ! このあたしが不合格って……」



 ――『愛してる』とは、あなたにとってどんな気持ちですか?

「はいっ! 不肖このアメリア・ウィル・テスラ・セイルーン、この世に生まれし者のはしくれとして、何を恥じることなく正義を愛していますっ!
 弱きを助け、強気をくじき、夏の暑さにも冬の寒さにも魔族の暗躍にも負けず、世界に差す一筋の光明を目指す、この心に宿る炎こそ正義へのまったき愛っ! たとえ悪魔の申し子たちに度重なる襲撃を受けようと、リナの攻撃呪文に吹っ飛ばされようと、わたしの胸を焦がすこの正義への愛は衰えることがありませんっ! 世界にあまねく正義がなされる日まで、わたしは何度でも旅に出てこの身を費やし正義を追求するでしょうっ!
 え? その場合魔族の人権はどうなるのかですか? 生きとし生けるものの天敵、正義の対極に位置する魔族に人権はありませんっ! リナだっていつも悪人に人権はないって……いえ、リナが正義かどーかというと問題があるけど……うう、今のは取り消します。わたしの正義がっ! 魔族に人権はないと告げていますっ!
 はい? ふ、不合格? ど、どうしてですかぁ! わたしの正義が……正義への愛がよもや……」



 ――『愛してる』とは、あなたにとってどんな気持ちですか?

「……『愛』だと?
 ……ふっ。聞く相手を間違えているようだな。レゾにこの体を改造されて以来、そんな言葉は思い出したこともない。そういうことは、アメリアあたりに聞くんだな。喜んで答えるだろうよ。あいつの熱演を延々聞く勇気があれば、だが。
 おれの答えはこうだ、『愛』というのはおれと無縁のもの。
 ふっ。不合格か。そうだろうな」



 ――『愛してる』とは、あなたにとってどんな気持ちですか?

「『愛してる』か……そうだなぁ……」





 あたしは突然現実の世界へ戻された。
 目の前には光を放つ宝珠のようなものがある。光を放っているというより、宝珠の形をした光そのものと言った方が近いかもしれない。
 これ、以前竜たちの峰で見た異界黙示録にくりそつの代物である。ただ、あれほど厳重に保管されてはいない。それどころか、まるでどこぞの考えなしが村おこしのために置いてみました、というくらいうさんくさい置き方をされていた。
 小さな街の裏手にある、これまた小さな山。その中腹にぽっかり空いた洞窟の中である。
 入り口を見たとたんに回れ右して帰りたくなるくらい小さな割れ目だったが、見た目よりはずっと深かった。ほとんど山の全部をくりぬいているのではないだろうか。むしろ、この山は洞窟を支えるためにあるような感じがした。人が掘ったのだとすれば、山を崩さずにそれだけの穴を開けたのはすごい技術である。だからこそ最深部まで来てみたわけだが……。
 その最深部にあったのが、いかにもな岩の台座。そしてその上で光るこの宝珠――宝珠型の光――だったのである。
 周りを見回せば、あたしと同じように困惑した顔をしている旅の連れ。言わずもがなの自称保護者に、最近再会したゼルとアメリアがいた。
「……今の、何だったんでしょう」
 アメリアがぽつりと呟く。
 それについては、あたしに思い当たる節があった。唯一異界黙示録のオリジナルを目にした……いや対面したことがあるのがあたしである。
「たぶん、この宝珠の声ね」
「あらかじめ質問が記憶させられてたってこと?」
「ただの記録じゃ会話をすることなんてできないでしょ? あの声はあたしたちの言葉に口を挟んでいた……つまり、ある程度思考、というか判断する能力があるってことよ」
「そんなことって……」
「以前見た異界黙示録のオリジナルが、そうだったわ。ちょうどこんな感じ」
 ゼルがぴくりと眉を上げる。
「つまり、これに封じられているのは異界の知識、ということか」
「たぶんね。残念ながらあたしはこいつのお気に召さなかったみたいだけどぉ?」
 顔が引きつってしまったのは許してほしい。
「……あたしもです」
「おれもだ」
 ゼル、アメリアが次々に敗北宣言。
 ガウリイには聞いてみようとも思わなかったが――
「オレ、合格だって言われたぞ」
『えぇっっ!?』
 全員が一斉に、万年寝ぼけた顔の反射神経だけで生きている男を振り返る。
「が、ガウリイさんが……わたしの正義への愛は通じなかったのに……」
「そんな、どうしてよっ! あたしは天も地も聞きほれるほど完璧な演説をしたってのにっ」
「……まぁおれが不合格だったのは当然だろうが……」
 目がお月さまのよーにまん丸くなってるアメリア、いきりたつあたし、一人ぶつぶつ言ってるゼル。
 みんなに注目されたガウリイは、きょとん、としていた。
「オレ質問に答えただけだぞ?」
「そ、それで? それで宝珠は何て言ったのよ?」
 まー合格者が誰だろうと得られる知識は同じっ! 大体にしてガウリイのものはあたしのものっ! こいつの手柄はあたしの手柄っ! ……ふ、言い切った……。
 しかし、ガウリイは(みなさまのご想像どーり)にぱっと笑って言ったのだった。
「ぜんぜん分かんなかった」
「やっぱりガウリイじゃ意味がないぃぃぃぃぃっ!」
 あたしのあげた絶叫は、洞窟中にこだました。



「……納得がいかないわ」
 すごすごと帰ってきた宿の食堂。
 あたしたちは鬱々として夕食をつついていた。いらいらしてろくにのどを通らない。軽く山登りなぞした後だというのに、控えめに3人前しか頼まなかった。ガウリイは一人いつも通りの食欲を見せている。くやしまぎれにエビフライを奪ったら、大事なオニオンスープを一気飲みされた。さらにムカつく。
「相手は古代魔法を封じた宝珠だってのに、ガウリイが認められるってどーいうことよ。混沌の言葉すら知らないよーな……それどころかあたしと会うまで赤眼の魔王のことも知らなかった脳みそゼリーのガウリイが、なんっで異界の知識に認められるのよ」
 サラダをつつきながら文句を言うあたし。
 食事がまずくなると怒るなかれ。人間、自分より劣っていると思うヤツに負けると、腹が立って前後の見境もなくなってしまうものなのである。誰がなんと言おーとそーなのである。
 ゼルは黙ってナイフを動かしているが、アメリアは食事よりも「正義が正義が」と呟くのに忙しい。
「だがなぁ、リナ。確かにオレは魔法のことじゃ、『竜破斬は危ない』とか『火炎球は斬れる』とかしか分からないけど、あいつが聞いてきたのは魔法に関係ないことだっただろ?」
「そりゃそうよ。もしこれが魔法に関する問題だったなら、あたしとっくに暴れてこの辺り壊してるわ」
 あたしの目がよっぽど据わっていたのか、ガウリイはツッコミもいれずに身震いした。
「でもね、あれは古代魔法を封じていたのよ」
 説明してなかったかもしれないから話すが、あの洞窟には古代に失われた魔法が封印されているという噂があったのである。何でも一ヶ月前の地震で山の一部が崩れて、あの小さな割れ目ができ、奥に隠れていた長大な洞窟につながったのだとか。街で探索隊が組まれ、そうして帰ってきたメンバーのうち幾人かが聞いたこともないような魔法を習得していた。それが噂になり他の街へも伝わり――そしてあたしたちの耳に入ったというわけである。
 ここへ来ようと一番強く言ったのは、もちろんゼルだ。彼はいまだに元の体に戻る方法を探し続けている。反対する理由もないし、失われた魔法というものにも興味があったので、あたしたちは半信半疑ここへやってきた。
 そして本当に宝珠を見つけたわけだけれども……近づいた途端意識が混濁し、問い掛けを受けた。結果はこれ、である。
「つまりね、あれはテストだったと思うの。彼が――って言うのかどうか分からないけど、あの宝珠が守っている知識を相手に与えるかどうか、それを判断するための質問だったと思う」
「同感だな」
 ゼルがうなずく。
「で、あたしはとっさにいろいろ考えたわけだけど……あれが知識を蓄えるものである以上、意思を持っているとは思えないわ。擬似的な意思、人格はともかくとしてね。魔族みたいに本体が別にある生き物っていう風でもないし、やっぱり誰かあれに知識を入れた人間がいると思うの。あの質問を考え出した人がね」
「確かに、そう考えるのが自然だ」
「で、それをインプットした人間がいるとするとね、どーしてああいう質問で判断しようとしたのか、って問題が推測できるわけ。あ、ちなみにあたしが聞かれたのは『“愛している”とはどういう気持ちか?』って質問だったけど、みんな同じ?」
 その通りよ、と強く同意したのがアメリア。そっけなくうなずいたのがゼル。そんなだったよーな、と眉をしかめたのがガウリイ。
 ……いーの、ガウリイの記憶には期待してないから……。
「魔法を教える人間を判断するための質問をする、っていうのには二通り理由が考えられるわ。
 一、特定の答えを言わせて、守っている知識をある人間にしか教えないようにする、鍵の役目。でもこれは却下ね。街の探索隊なんていう、寄せ集めの人間の中から何人も合格者が出てるんだから。
 二、答えから相手の人間性を判断して、『こーゆー人間には教えたくないっ』っていうふるい落としをかける、面接の役目。ま、今回はたぶんこっちよ」
「でも、それじゃわたしの正義への愛が認められなかったのはどーして?」
 アメリアが不満たらたらの顔で抗議する。
「さぁ……。
 ただあたしはね、封印した人物が善人とは限らない、と思ったのよ。その場合、正義をなそうって相手には教えたくないって可能性もある……。でももちろんその逆で、あ、愛を否定するよーな相手には教えたないって可能性もあるわ。だから、善とも悪ともつかないよーに、それでいて質問の趣旨を外さないよーに、気を遣って答えたわけ」
 ほんとーである。信じて。
 なるほど、とアメリアたちは感心したように呟く。自分でも完璧な対応だと思ふ。
 しかし、ガウリイはのほほんと言った。
「話はさっぱり分からんが――とにかくお前さんたちは不合格だったわけだから、リナの推理にも意味はないんじゃないか?」
 ……ぐっ。
 たまにまともなことを言ったかと思えば、イヤなところで鋭いヤツである。
 あたしは悔しさを精一杯の平静さで隠して、軽ぅく机を叩いた。乙女心ってヤツである。
「……過去を踏まえてこそ前進があるのよっ」
「まだあきらめてないのか?」
「あったりまえでしょ!? 今回はちょぉっと作戦の組み立てを失敗しただけよっ。充分な傾向と対策を練ればおのずから道は開けるわっ」
「……平たく言うと『くやしーからできるまでやる』ってことか……」
 平たくせんでいい。
 あたしはガウリイの言葉を聞かなかったことにして、気を取り直した。
「で、みんなは何て答えたの? 参考までに、あたしはごはんへの愛について語ったんだけど」
「わたしはもちろんっ! 正義への愛をっ!」
 うん。聞かなくても分かってた。
「おれは、自分と無縁のものだと答えたが」
 なるほど。つまり『善』の答えも『悪』の答えも、『中立』の答えもあったわけだ。うーみゅ……。
「ガウリイさんは?」
「オレか?」
 ガウリイは少し困ったような顔をした。
「オレは……リナの話をしたが」
「はぁぁっ!?」
 頭がぼんっと音を立てたような気がした。
「な、なななな何を言ってんのよあんたはっ! しょ、正気っ!?」
「正気だと思うが……どーした、顔が真っ赤だぞ?」
 などと言ってガウリイは人の悪い笑みを浮かべたりする。
 一体何を考えてるんだこのクラゲはっ! い、今までそんなこと一度も言ったことないくせに。言うどころか態度にだって……それを何も、こんな公衆の面前で言うことないじゃないの……って違ぁーうっ! それじゃまるであたしがふ、ふ、二人っきりで言ってほしかったみたいじゃないの。違う。断じて、違う。このタリスマンに誓ってもいい。
 あたしは単に恥ずかしげもなくそんなことを言い出したガウリイの神経が信じられないとゆっているのであって、何も恥じらいを持っていればそれでいいとかそういう……。
 つまり、つまり、あー……なんだ。頭が沸騰してきた。
「……そうか、愛情か」
 などと似合わないセリフをゼルが呟くので、あたしはさらに混乱した。
「え、えぇぇぇとぉ?」
「……リナ。落ち着いて考えろ。旦那は何も恋愛感情だとは言ってない」
「……へ」
「あい……ごほん、『愛している』という気持ちについてだろう? ガウリイの旦那はお前の保護者だ。保護者が被保護者を、あ、愛していても何の不自然もない。父性愛は立派に愛情なんじゃないか?」
 ――言われてみればまったくそのとーりである。
 ガウリイはいつもの、なんっも考えてなさそーなぼけらっとした顔で、にこにことあたしをながめている。三年以上前に出会った頃から何にも変わらない能天気な顔である。まるで、かわいい我が子を見つめる親馬鹿な父親みたいな……。
 ふむ。
 ……そうか。
 そうと分かると誤解してあわてた自分が恥ずかしくなって、あたしは余計にうつむくことになったのだった。
「あの宝珠は、あ、えー『愛している』という気持ちについて聞いてきた。おれは問題外として、リナにしろアメリアにしろ、す、『好きだ』という気持ちの進行形について……ああっ! なんでおれがこんなことを話さなくちゃいけないんだっ! リナ、もう分かっただろう。代わってくれ」
「あー……はいはい」
 あたしは熱い頬をぱたぱたと押さえながらゼルの話を引き取った。
 ゼルの顔もあたしに負けず劣らず火照っている様子である。彼の場合は赤いというより、顔の色が濃くなってるという感じだが。
「要するに、あの宝珠の質問が曖昧だったわけよ。どーやらあれは、愛情についての考えが聞きたかった。でもガウリイ以外は『大好き』ってくらいの意味で使う『愛してる』について説明しちゃったのね。だから、質問に対応した答えを返さなかったとみなされて、不合格になったってわけ。質問をインプットした人間は、愛情以外のことを連想しなかったんでしょーね」
「で」
 当社比三割り増し色の濃いゼルガディスが、低く呟いた。
「質問の意図が分かったところで、誰かその質問に答えられるやつはいるのか」
 ガウリイがにこやかに手を上げた。
「……ガウリイの旦那以外だ」
 あたしたちはそれぞれに頬を赤らめてみたりなんぞしながら、あさっての方を向いたのだった。

NEXT

HOME BACK

▲ page top