会いたい 片恋お題: 10

 あたしがのろのろと探し始めた頃には、もうガウリイは影も形もなかった。
 お互い長く旅をしていて、危険な場面もたびたび乗り越えてきたから、本気で行方をくらまそうと思ったらなんとでもなるのである。それはそうだろうと思っていた。それでもわずかな可能性を捨てきれなくて、あたしはフォーブスの街をうろついた。
 いつぞやのことを思い出して街の道場なんかものぞいてみたんだけれども、ガウリイらしき人を見たという証言すらえられなかった。
(本気で、距離を置く気なんだ)
 その認識がだんだんと心に広がっていく。
 きっと、こんなありきたりな探し方をしていても見つかりはしないんだろう。
 そして、あたし自身も本気で探しているのかどうか分からなかった。
 これで終わりにはしたくない。それは確かなんだけれども、じゃあ会って何が言えるのかといったらさっきと同じことでしかないし、実際に会えたらまたどうしていいか分からなくて途方にくれてしまうのかもしれない。だから、会ってしまうのが怖くもあったのだ。けれど、放っておくこともできない。
 それであたしは、街をふらふらし続けた。
 すっかり日が暮れて、街灯に明かりの光が点る。
 1人で味気ない食事をして、またふらりと外にでる。昼間よりも人通りが少なくなったフォーブスの街は、夜の顔に様変わりしていた。
 光量を最大限に落とした街灯の暗い明かりは、となりの街灯までのすべてを照らすことができない。ところどころに影を落としながらじんわりとにじむ光は、あたしの影を占い屋の軒先にゆらめかせる。それを見るともなく見ていると、まるで影のようなもう1人の人間が横を歩いているようにも見えた。
 そう思ったら、本当に白い目玉がついてこちらを見ていた。
「悲しい顔じゃっ!」
「うどぅおあああああっ!?」
 思わず後ずさって反対側の壁に激突するあたし。
 看板の後ろの隙間からそのあたしを見ていた小さな影は、見覚えのある黒フードだった。
「ば、ば、ばあちゃん……」
 今度こそ心臓止まるとこだったぞ。
「昨日よりも悲しい顔をしておるな。お前さん」
 ぴたりと射抜くような声で言われて、あたしは居住まいを正す。
 本当にこのばあちゃんは、どこまで分かってるんだか。
「……そーかもね。いろいろひどい目にあったから」
「どうした、とは聞かんがね。人の心を読む占い婆としてはね」
 くっくっく、とばあちゃんは笑った。
 小さな姿にコワい言動だが、やはりこのばあちゃんは本物なのだろう。普通の、その辺に卓を並べてるたいていの職業占い師なら、何があったか詳しく聞きたがるはずだ。事情を知れば知るほど占いに説得力が増すのだから。
「あのさ、ばあちゃん」
 あたしは真面目に頼んでみる。
「あたしの旅の連れがどこに行ったか、占ってくんない?」
 ばあちゃんはあっさり言った。
「分からん」
 あたしはずっこける。
「分からんのかっ!?」
「わしゃ、失せもの探し、失せ人探しは専門外じゃっ。人の心を読む占い婆だと言っておろーがっ」
「心だけ読めたって役に立たないじゃん!」
「おーよ立たんわっ」
「いばるなっ!」
「役に立ちたいわけではないっ」
 なぜか思いっきし胸を張るばあちゃん。
 あんた占いが仕事なんじゃないのか。
 しかしそういえば、あたしはお金を取られた覚えがない。
(このばあちゃん、一体何がしたんだろ?)
 ふとそれを疑問に思う。
 あの薬だって、たとえ自分で作ったものにしても材料費その他かかっているだろう。あれだけの効果があるものだ、それなりの材料を使っているはず。タダで渡していては商売になるまい。
 別にお金とってほしーわけじゃないけど。
「ねえばあちゃん。ばあちゃんは一体何をしてるわけ?」
「何、とはな?」
 はてさて。
 ある程度予想していることはあるんだけど、どーしたもんかな。
「じゃ、単刀直入に聞きましょうか」
 あたしはカマをかけてみることにする。
「あの薬。あたしの連れに渡したのは、ばあちゃん?」
 黒い闇の塊は、フードをかぶった老婆からただの闇の塊に戻ってしまったかのようだった。
 その沈黙が、答えを物語っている。
 やがて、ばあちゃんは闇の中に黄色い歯を見せた。
「ま、バレとるならしょーがないの。わしのしわざじゃっ」
「やっぱし」
 まあ、やっぱしと言っても確信したのは今なんだけど……。
「くくくく、お前さんカンがいいのう」
「んふふふふ。だてに修羅場くぐってないんでね」
 正直なところ、ばあちゃんの目的は皆目見当がつかない。
 だが、単純に可能性を消去していくと、このばあちゃんがやったと考えるのが自然なのだ。
 あの薬、一体誰がガウリイに渡したりしたのか。効果も分からない薬を危険を冒して盗み出し、人に渡す。ちょっと考えられない行動だ。
 だが逆に考えれば、効果を分かっていてガウリイに渡したがってた人間、というのはいる。
 それがこのばあちゃんだ。
「いやー、ふざけたことしてくれたぢゃないの」
 あたしはにこにこしながら殺気をふりまく。
 ばあちゃんもにこにこしながら返事をする。
「お前さんが薬を使ってくれそうになかったもんでなあ。お気に召さなかったようで残念じゃっ」
「お気に召すかっ。あんな自動性犯罪発生装置なんか、捨てたほーがいーわよばあちゃん」
「ほっほっほ」
 ばあちゃんのぎろりとした目が、上目遣いであたしを見る。頬なんか染めちゃったりして。
「……性犯罪が起きたんじゃね」
「う……っ。それはっ」
「好きな兄ちゃんに襲われたんだろ? どじゃった? どじゃった?」
「ど……どじゃったじゃないわよっ! ゴシップ好きの近所の奥さんかあんたはっ!」
「うううん」
 ばあちゃんは気色悪いもだえ方をした。
「聞きたいのう。聞きたいのう」
「絶対しゃべんない」
「まあ聞かなくても分かっとるんじゃがのう。お前さんの口から聞きたいのう」
 あたしの頭が一気に沸騰した。
「分かってんなら聞くなーっ!」
「そーやって照れるお前さんが見たくて渡したんじゃないかっ」
「それが目的かっ!?」
「まだあるぞ」
 ばあちゃんはきっぱし言った。
「橋渡しをすると見せかけて、こじれさせて楽しむんじゃっ」
「計算づくかああああああっ!!」
「ごふぅぅぅぅぅっ!!」
 あ。
 思わず全力で殴っちゃった。
 まあいーか。自業自得だし。
「と、年寄りを固い看板で殴り倒すとは、お前さん悪魔かいの……」
 意外と元気に起きあがって、悪態をつくばあちゃん。
「悪魔なのはばあちゃんの方でしょーが」
 自分への非難はきっぱりと無視して、あたしは言い切った。
「おかげさまで大迷惑だったわよ」
 殺し文句オンパレードはまあ寒いだけで害はないとして、ファーストキスは奪われるわ、襲われかけるわ、ガウリイはそれにショックを受けてどっか行っちゃうわで、あの薬がもたらしたのはほとんど最低の効果と言ってもいい。
「そおかそおか。ひどいことになったか。かわいそうにのう」
 やたら嬉しそうに言うばあちゃん。
「なるほど……。悩んでる人間見つけだして、余計なちょっかいかけるのが、ばあちゃんの楽しみとゆーわけね」
「そーゆーことじゃのう」
 満足げにうなずかないでほしい。
「もうちょっと、マシなことに能力使ったらどーなの……?」
「まあ、これは完全な趣味じゃのう」
 どーしよーもない趣味だな。
「お詫びとして、わしからアドバイスをしようかの」
「ふうん?」
「これだけこじれた状態から、あの男の気持ちを鷲掴みにする方法はひとつじゃっ」
「ふむ」
 ばあちゃんはぴしっと指を1本立てた。
「お前さんがあの男を助けるためにしたことを、全部恩着せがましく話してしまえばいーんじゃよっ」
「まだ言うかっ!!」

 ばあちゃんを足蹴にしまくって逃げられたあと、あたしはばあちゃんのいた店先の階段に腰を下ろしてしばらくぼんやりとしていた。
 まさか年寄りの暇つぶしだったとはなあ……。
(ガウリイ、どこ行ったんだろ……)
 もし会えたら、あれは占い師のばあちゃんの悪ふざけだったらしーわよ、って笑い話にして話そう。
 人の心が読めるなんて大層な能力持ってんのに、やることと言えば人間関係ぶち壊してにやにやするという最低の悪趣味なのよ、って。
 そんなことで別れちゃうなんて、ばかばかしーわよね。
 ガウリイ。
 帰ってきて。
「……ガウリイ」
 その名前を呟いたら、それだけで胸が熱くなったあたし、相当重傷だと思う。
 夜とはいえ人通りが多かったから、赤くなってるであろう顔を見られないように、抱えた膝にすぽっと伏せた。

 まあ。
 いつまでも探していたって、見つかりそうにないし。
 うじうじしてんのは性に合わないっ!
 こういう時は、傷ついた乙女心の特効薬、盗賊いじめであるっ!
「食らえ、やつ当たり振動弾[ダム・ブラス]!」
 どごおおおおおんっ!
「青春の行き場のない叫びを火炎球[ファイアー・ボール]!」
 ひゅどおおおおおんっ!
 崩れるアジトの小屋。上がる火柱。逃げまどう野盗たち。
「兄貴ーっ! なんかあいつ、やつ当たりとか自分で言ってますよーっ!」
「関わるなっ! あれは、伝説の破壊神リナ=インバースの模倣犯に違いねえっ!」
「そ、そうかっ! あの災厄を呼ぶものリナ=インバースのっ!」
 んー。
 けちな盗賊にしては頭使ったみたいだけどね。
 あたしは燃え盛る爆炎を背景にポーズなんぞ決めてみる。
「んっふっふっふー。ところが模倣犯じゃないんだなー」
「どこがだっ! どー見てもリナ=インバースの模倣犯だろっ!」
 遠くからこっちを指さして泣き叫ぶ野盗その1。
 あたしはふぁさりっとマントをなびかせた。
「ほ・ん・に・ん・よ」
 走り回っていた野盗たちの動きがぴたりと止まった。
「……え?」
「あたしの名前はリナ=インバース。本人よ♪」
 なかなかリアクションがなかった。
 ゆっくりたっぷり増幅呪文&地霊咆雷陣[アーク・ブラス]を唱え終わるくらいの間、誰も動かなかった。
 あたしは唱え終わった呪文を解き放たないまま、その場にちょこんと座って待つ。
「……リナ=インバース……さん?」
 返事すると魔法がキャンセルされてしまうので、あたしは黙ってうなずく。
 ぎぎぎぎっ、と野盗たちが顔を見合わせた。
「も、もおおおおしわけありませええええんっ!」
「命だけはどおかご勘弁をおおおっ!」
 うーん。命乞いされちゃったかー。
 せっかく唱えたんだけどなあこれ。
 さすがに全面降伏する相手にぶちかますのは気が引ける。野盗相手でも。
「何情けないこと言ってんすか兄貴! リナ=インバースなんて言っても、しょせん小娘じゃないですか!」
 あ。標的発見。
地霊咆雷陣[アーク・ブラス]
 ばぢばぢばぢばぢっ!
 ぽて。
 うし。倒れた。ちょっぴし巻き添えも出てるけど気にしない。
 まあ増幅する必要全然なかったけど……。本当はアジト全部を覆うように発動してやろうと思ったのに。
 その様子を見た他の野盗たちは、一気にアジトの外まで駆けだしていった。
 おー早いな。
 効果範囲を広げた分、威力は拡散している。念のため。
「さてと、おっ宝おっ宝!」
 今回は、攻撃呪文使う爽快感を優先していろいろ吹っ飛ばしちゃったからなあ。火もついてるし、面倒かもしんない。
 まあ、ただのストレス解消だから別にいいんだけど。
 あたしは立っていた岩場からひょいと飛び降りる。
誘蛾弾[モス・ヴァリム]!」
 消化用の術をいくつか放って、火炎球の延焼を防ぐ。
 それから、本番のお宝物色である。
 宝物庫は、奥まったところにある1つだけ妙に小さな小屋だろうか? わりとちゃんとした盗賊団だと、そういういかにもそれっぽいやつはフェイクだったりするのだが、この程度の規模ならあまり工夫もされていないだろう。
 あたしは魔法を放って消化しながら、奥へと進んでいく。
 こういうことしてると、音を聞きつけたガウリイが説教しにやってくる……っていうパターンも多いんだけど……。
 ――うーん。そう都合よく来ないわな。
「おっ宝あるかなー」
 気分を盛り上げてみるが、今ひとつ気が乗らない。
 乗らない気分のまま小屋の中を漁ってみたが、思った以上に収穫が少なくて、ますます滅入った。
「はあ……」
 あたしは、半焼した小屋がぷすぷす言う盗賊のアジトに腰掛けて、ため息をつく。
 こんなことをしたって、気持ちは持ち直さないのだろう。
 もやもやもやもやし続ける胸が、なんとなくそれを悟る。
 たぶん、根本的な問題を解決しないことには、終わったこととして処理することもできない。
 いや、たとえ解決できなくてもいいのだ。
(やれることやったか、あたし?)
 それがもやっとする原因だ、きっと。
 いつでも全力全開欲しいものは欲しいと言うはずのあたしが、ずいぶん情けないことじゃないか。
 行くな! とも言わず、ガウリイが行ってしまうのをおとなしく見送るなんて。
 あたしが自分の気持ちを全部ぶちまけて、行くなと言って、それでもガウリイが行ってしまうなら、それはきっと仕方がないことだ。
 でも、あたしはまだあいつと戦ってない。
「……てゆーかさ」
 あたしは呟く。
 むらむらと怒りが湧いてくる。
「そもそも、あたしが嫌がってるよーに見えたのかっ! 嫌じゃなかったっちゅーのっ!!」
 うみゅ。大声で言ってやったらちょっぴしすっきりしたぞ。
「あのクラゲ頭ーっ! あたしの気持ちも知らんと勝手なことばっかり言ってんじゃないわよーっ! どこにも行くなって、言ったでしょーがぁっ!」
「何乙女してんだ……?」
 急に言われてビビりつつ振り向くと、少し離れた物陰からびくびくとこちらを伺う盗賊その1。
 ひきっ。
 恥ずかしさで顔が激しくひきつる。
「……ぷっ」
「や、や、や、やかましーわ風魔咆裂弾[ボム・ディ・ウィン]っ!」
 余計なことを言い腐った盗賊その1は他愛なく吹っ飛んだ。
 あたしとしたことが、なんたる不覚を……。
 頭抱えてその場にうずくまったあたしは、しばらく恥ずかしくて顔を上げることができなかった。

 その後、少ない戦利品を抱えて宿に戻ってきたあたしは、何もせずベッドに飛び込んで眠った。
 ま、これ以上無闇に探していても見つかることはないだろうし。朝になったら、今度こそちゃんとした方針決めて探す。
 そしてガウリイに会えたら、とにかく全力でぶつかってやる。それであいつがどんだけ動揺しようが、元の関係に戻れなくなろうが、知ったことではない。このまま終わるより100倍よろしい。
 そう決めて眠った次の朝。
 あたしはノックの音で目が覚めた。
「ふぁーい」
 眠い目をこすりながら返事をする。
 こんな早くから一体誰だ……?
 やや戸惑ったような間があって、声が返ってくる。
「……オレ」
(ガウリイ!!)
 がばっと跳ね起きたあたしは、パジャマのままベッドを降りて、扉にとりつく。
 鍵を開けるのももどかしい。
 そして、扉を開いた先には……。
「……ガウリイ……」
 いつもの服に胸当てをつけた、見慣れた長身があった。
 たった1日、いや実際には1日も満たない時間会っていないだけなのに、懐かしいなどと思ってしまう。
「……朝から、すまん」
 居心地悪そうに呟いたガウリイは、パジャマ姿のままのあたしから目をそらす。
「……いいけど。入って」
「いや、ここで」
 紳士に断ると、ガウリイは唇を歪めてうつむいた。
 言いにくそうに、言葉を絞り出す。
「時間を置こう、って言ったのに……さっさと戻ってきて、すまん」
「別に……あたしは時間置きたくなんかなかったし」
「ああ……」
「……で、どーしたのよ?」
 あまりにも歯切れが悪いので、続きをうながす。
 ガウリイは、うん、と言ってしばらく黙っていたが、沈黙の末にぽつりと呟いた。
「……お前さんに、会いたくなって」
「へ?」
 何を言い出す?
「あんなことしといて、虫のいい話だと思うんだが……」
「いや……あたしそもそも怒ってないし」
「そっか」
 ガウリイは少しだけはにかんだ。
 なんなの、それ。
 期待していいの?
 それとも、期待するとまた裏切られる?
 あたしは動揺を抑えて立ち尽くす。
「オレ……お前さんがいなくて、ほんとに困って……」
 ガウリイは途切れ途切れに話し始めた。
「宿を取ろうと思っても2部屋って言っちゃうし、仕事しようと思ったけどどーやって依頼探すのか忘れちまったし、1人でメシ食ってもつまんないし……」
「ちょっとちょっと……何情けないこと言ってんのよもー」
「しばらく1人で行こうかな、って思ってたんだけど……オレ、お前さんがいないと、もうむりみたいだ」
 うーみゅ。
 これは、喜ぶところだろうか?
 なんか、どっちが保護者だかわかんない気がするんだけど……。
 それとも、遠回しに甘いこと言われてんのか?
 時々、わざとボケてるよーなとこあるからなあ、ガウリイ。
 あたしは、どういう反応をしていいのか分からず、苦い顔で腕を組んだ。
 いや、いーのよ?
 別に、面倒みるのはやぶさかではないし、会いたかったと言ってくれるのは正直嬉しいし。このまま相棒続行しましょう、っていう話になるのは願ってもないことではある。
 けど……うーん。
 実は好きなの、とか言うタイミングは逃したなあ……。
「まあその……そいじゃあ、このまま一緒に剣を探す、とゆーことでいいのかしら?」
 とりあえず、現状の確認をする。
 ガウリイはこくりとうなずいた。
「リナがそれでいいなら」
「出ていったのはあんたでしょ。ガウリイがそれでいいなら、よ」
 ガウリイはそれには答えず、深く頭を垂れた。
「――本当に悪かった」
「……やめてよ」
 実際、ガウリイは全然悪くない。
 強いていえばあたしがガウリイを好きだったせいでとばっちりを食ったということになるのだが、それだってあたしが悪いとは思いがたい。
 要するに、全部ばあちゃんが悪いのである。
 その辺の事情を説明するのはとても根性がいりそうだったので、あたしはとりあえず伝えておかなきゃいけないことをひとつだけ伝えておくことにする。
 これからガウリイに引け目を持たせないためにも、これだけは言っておかなきゃいけないだろう。勇気がいるが。
「ガウリイ、あたし……」
 きっと赤くなってるだろうけど、ガウリイの青い目を見つめてひとつだけはっきり言っておく。
「嫌じゃ、なかったわよ」
 深読みすれば、告白しているも同然なのだが。
 分からなければよし、分かってしまうならそれでもいい。
 ただ、ガウリイにいつまでも罪悪感を持ったままとなりにいてほしくない。対等でいたいから、これだけは伝えなくては。
 どういう反応をするかと見守っていたガウリイは、困ったように眉をひそめた。
「うーん」
 そして、お説教をする保護者の顔になって首をかしげる。
「まあ、そーゆーのに憧れるお年頃だからなあ。でも、自分は大事にしろよ?」
 ……ふ。
「ふ、ふ、ふ」
「リナ?」
 なるほど、よーく分かりました。
 乙女がここまで言っても完全保護者を貫くわけなのね。
「ガウリイ」
 あたしはにっこりと笑った。
「一発だけ、殴らせてね」
 おう、とガウリイが返事するのを待たず、あたしは全力で右ストレートを放った。
 吹っ飛ぶガウリイを尻目に、ばたんと扉を閉める。
 ガウリイは暴行の件で殴られたと思ってるんだろうが、まあいい。もろもろ含めて、とゆーことにしておこう。
 あたしはベッドに戻ってぽすりと横になる。
 シーツに頬ずりして、毛布を引き寄せた。
 日向のにおいがする。ガウリイの匂いに少し似ている。
(……会いたくなって、だってさ)
 くふふふ、と笑いがもれた。
 扉の外で、起きあがったガウリイが階下に降りていく音がした。きっと、朝ご飯を食べるのだろう。
 あたしも、着替えて食べに行こう。
 ……にやけた顔が元に戻ったらだけれども。

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