結局のところ 後 片恋お題: 13

「でも、心が読めるってえのは大げさなんじゃない? どーせ、普通の魔族よりちょっぴし視力がよくて、精神世界[アストラルサイド]の動きがよく見えるってとこでしょーよ」
 精神系の魔法や黒魔法というのは、精神世界[アストラルサイド]においてその本領を発揮する。
 あたしたち人間には見ることのできない精神世界[アストラルサイド]だが、魔族などというのは、本来精神世界[アストラルサイド]の生き物である。
 魔族は、憎しみや悲しみなど、人の負の感情を食う。精神世界[アストラルサイド]では、正負の感情が『食べる』という行為ができてる程度には形を持っているらしい。
 人間が隠しているつもりの感情も、魔族には丸見えというわけである。
 だが、作戦思考のような細かな精神状態までは読めていない。
 それは、他の魔族に不意打ちが有効であることからも分かる。
 おそらく、他の魔族が近眼でおおざっぱな感情の動きしか見えないとしたら、アズレイヤばあちゃんはもう少し眼がよくて、唱えかけの魔法が形を持つ様や、あたしが攻撃を仕掛けようと緊張する様を、精神世界[アストラルサイド]で見ることができるのだ。
 だが、このばあちゃんは、あたしの唱える魔法は予測できるものの、戦術までは読み切れていなかった。
 覇王雷撃陣[ダイナスト・ブラス]を唱えた時、あたしはすでに、一旦後退して相手に攻撃させ、引きつけて反撃するというシナリオを描いていた。ばあちゃんは一瞬早く気が付いたが、それはあたしが戦術を思い描いた時ではなく、魔皇霊斬[アストラル・ヴァイン]を唱え始めた、その時である。
 つまり、その程度の視力の良さ、というわけだ。
「くふふふ……さすがはリナ=インバース、魔族との戦歴がピカイチなだけはあるのう」
 このばあちゃんの能力がそういうことであるならば、勝機は十分にある。
 確かに、魔法が発動前に感知されて防がれてしまうとしたら、魔道士のあたしにできることはいくらもないだろう。
 だが逆に、予測のしようがない一流剣士の剣は苦手のはず。
 そして、詠唱時間と隙さえあれば、あたしには予測してたって防げない必殺技があるっ!
(ただ、その詠唱時間が――)
「そう……分かっとるようじゃな、お嬢ちゃん。ワシの能力を言い当てたところで、お前さんではワシには勝てん。そして、それならば――」
 言葉半ばに、アズレイヤの髪の毛の一筋一筋に魔力光が生まれる。
 きゅどどどどどっ!!
 それは、思わず身構えたあたしを素通りし、真っ直ぐにガウリイを目指して降り注いだ!
 それにシンクロするように、レッサーデーモンたちも炎の矢を生む。
「ガウリイっ!」
 駆け寄ろうとしたあたしは、波のように迫ってきた髪の毛に阻まれて、やむなく後退する。
「く……っ!」
「魔道士のお前には接近戦、剣士のあの男には遠距離戦、これが戦略というものじゃろ?」
「戦略なんて……高度なものじゃ……ないわねっ」
 断続的に伸びてくる髪と、レッサーデーモンの爪をかわし、ショートソードと小技で必死に牽制をする。
「ほっほっほっほ。強がりじゃの。このままでは消耗していくばかりというに」
 アズレイヤの接近戦は、思った通りとんでもなく強いというものではない。ガウリイとやれば、確実にガウリイの勝ちだろう。
 だが、攻撃をかわしながらゆっくり魔法を唱える隙があるほどじゃない。
「リナっ!」
「ガウリイっ! 無事っ!?」
 横目で見れば、ガウリイはなんとか無事だったらしいが、やはりすべて避けきるというわけにはいかなかったのだろう。全身に細かい傷と火傷がある。特に右足の怪我は、早急に治療するべきものに見えた。
「よそ見をしている場合かの?」
 しゅるり、と伸びた髪の毛が、あたしの手に巻き付く。
 やばいっ!
「うぐ……っ」
 これとそっくり同じ状況で、手首を折られた仲間のことを思い出す。
 手首の1本2本くれてやってもかまわないけど、それは勝てる見込みあってのこと!
風牙斬[ブラム・ファング]!」
 かまいたちのような風を発生させる術である。殺傷能力は低いが、おかげであたしの手を切り裂かずにからみついた髪の毛を切ってくれる。
「……っ」
 自由になった手を庇って後退しようとするが、その足にも髪がからみついてくる。
 これは――いかん。
 こうなったら。
 あたしは逆に手を伸ばして髪の毛を掴み取り、手前に引き寄せた。
 ばあちゃんの体は力勝負には弱かったらしく、あっさりとこちらへ引きずられてくる。
「腕力勝負とは……お前さんらしくもない」
「ふふん……策略めぐらしたって、すぐバレるんでしょ。なら、深読みなしの真っ向勝負で行ってやるわよ!」
 ばあちゃんと髪の毛の引き合いっこをしながら、口早に呪文を唱える。
「だから、ワシに呪文が……」
黒妖陣[ブラスト・アッシュ]!」
 ブシュゥゥゥゥゥゥ!
 あたしの背後から狙ってきたレッサーデーモンが1匹、黒い塵になる。
 そう。ばあちゃんに呪文を当てるのは難しくても、レッサーデーモンならばそうではない。今は、こうしてばあちゃんの動きを封じつつ、各個撃破っ!
 危ないけど……。
 でも、おそらく今ばあちゃんを野放しにすれば――ガウリイを狙う。
 なぜなら、ばあちゃんを倒せる可能性が高いのはガウリイで、あたしがそれを理解したから。
 そして、ガウリイを狙われればあたしが動揺すると、よく分かっているからだ。
「こざかしいまねをっ!」
 髪の毛があたしの体に絡みついてくる。
「あああああっ!」
 絞め付ける力が強くなり、あたしは思わず声を上げる。
「リナぁっ!」
 来ちゃだめ……ガウリイ!
 魔力剣もなしで、狙い打ちにされるっ!
 だが、レッサーデーモンの囲みを無理矢理体を張って突破したガウリイは、全身に傷を負いながらもすごい早さでこちらに迫ってきた。
「おおおおおっ!」
 渾身の力でガウリイが降り下ろした剣は、表面を薙ぐようにではあったが、髪の毛の数本を切り飛ばしていた。
「う……ぐっ!?」
 先ほど、あたしが普通の剣でツッコミをいれたのと、同じ理屈である。
 大した痛手ではなかっただろうが、アズレイヤは驚いたのか髪の毛を引いた。
 だが、引っ込める髪の先に無数の魔力球が生まれる。
「!?」
 避けろという間もあればこそ、魔力球は至近距離から雨のようにガウリイへと降り注いだ。
 これは……避けられる間合いではないっ。
 ガウリイがとっさに体を捻って後ろへ飛ぶ……が。
 づどどどどどどどんっ!!
「が、ガウリイっ!」
「くくく……」
 もうもうたる土煙が収まっていき、そこにはちょっとしたクレーターの中、力尽きて両手を付くガウリイの姿があった。
「ガウリイ――っ!」
「人間とは、本当に脆い生き物じゃのう。たった1度の激情が、致命的な隙になる」
 感慨深そうに言って、アズレイヤは呆然とただずむあたしに笑顔を向けた。
「さて、リナ=インバース。取引をしようじゃないかい」
「取……引?」
 手放してしまった剣を握ろうと、震える腕を伸ばすガウリイ。
 まだ、生きている。絶望的な怪我ではない。
 だが、このまま戦闘が続けばどうなるかは……。
「そう、取引じゃ。わしら魔族としては、おぬしを放置してこれ以上むざむざ仲間を殺されるのも忍びない。だが、どちらかがやられるまでやりあっていては、やはり双方に被害がでる」
 アズレイヤは髪の毛で、器用に指を作って立てる。
「そこで、おぬしに提案したい。飲んでもらえれば、これ以上戦いはせぬ。なんなら、その男を医者のところまで運んでやってもいい。飲まぬなら……覚悟をしてもらおう。その男を失う覚悟をな」
「ふん……」
 あたしは無理にも唇を歪めて笑った。
「内容だけでも、聞いておきましょうか」
「声じゃよ」
 ばあちゃんはあっさりと言った。
「お前さんの声じゃ」
「声……」
 あたしは喉に手をやる。確かに、声を奪われればあたしは三流魔道士のさらに下にランクダウンだ。魔族にとって驚異でも何でもなくなるだろう。
「聞くな……リナ……」
 うめいたのは、立ち上がろうともがき続けているガウリイだった。
「何、迷うことなどないぞ」
 アズレイヤは笑う。
「この娘は、かつてお前を救うため、フィブリゾ様に命じられるまま世界を滅ぼす呪文を唱えたのじゃ!」
 とうとう。
 その台詞が言われてしまった。
 あたしは、無駄な抵抗と知りつつ、ガウリイから顔を背ける。
「世界に比べれば、お前1人の声くらい、どうということもないじゃろ?」
 あたしは拳を握りしめる。
 その時、満身創痍のガウリイが、剣を握りしめ、ゆらりとゆらめくように立ち上がった。
「……やれ、リナ」
「え?」
 すすけた顎を上げ、にやりと笑うガウリイの顔は、曇りなどどこにもない、あたしの相棒の顔だった。
「オレは、こいつの保護者なんでね……。オレが生きてるうちは、こいつに指1本ふれさせるわけには、いかないんだよ……」
 目線を向けられたあたしはうなずき、小声で呪文を唱え始める。
 この怪我で、戦わせていいのか分からない。
 けれども、もっとも可能性の高い賭け。
 あたしたちは、いつでもぎりぎりで、最後にどちらかがとどめを刺せればいいというスタンスで戦ってきた。
 そして、今とどめを刺す手段を持っているのは、あたしの方だ。だからあたしは、ガウリイの覚悟を無駄にしないで、戦う。
「まして、オレのためにリナに辛い選択させるなんて、そんなこと許せるわけがないんだ――っ!!」
 ガウリイが、疾る。
魔皇霊斬[アストラル・ヴァイン]!」
 すり抜けざまにあたしの呪文を受け、手にした剣が赤く光る。
 レッサーデーモンの妨害をかいくぐり、アズレイヤの無数の手から来る攻撃を、あるいは剣を使ってあるいは体術で避け、本体に肉薄する。
 その体が動くたび、いまだ止まらない血が飛び散った。
「四界の闇を統べる王よ――」
 あたしは動かない。
 生半可な術では効かない。
 遠方から仕掛ける術では、ガウリイが注意を引きつけてくれていても防がれてしまうだろう。
 だから、勝負は接近戦で決める。
 増幅呪文に続いて呼びかけるのは、あの呪文と同じ、すべての源である存在。すべてを作ることも滅ぼすこともできる存在。気まぐれであたしたちのすべてを奪い去ってしまっていたかもしれない存在。
 ――金色の魔王、ロードオブナイトメア。
 忌まわしきその魔王に、あたしは今1度願う。
天空[そら]の戒め解き放たれし
 凍れる黒き虚無[うつろ]の刃よ」
 思った通り、アズレイヤは接近戦にはそれほど強くない。手数では圧倒的に有利なはずなのに、押されているのはアズレイヤの方だった。
 光の剣があれば、そもそも苦戦などしない相手だったのだろうが……。
「我が力 我が身となりて
 共に滅びの道を歩まん」
 技術的に勝っているとはいえ、ガウリイの怪我はひどい。
 一太刀ごとに消耗していくのが手に取るように分かる。
 普段ならありえないほど息が荒く、足元もしばしば乱れている。
 長くは持たない。
 この虚無の刃で、2対1に持ち込んで一気に決めるっ!
「神々の魂すらも打ち砕き――」

 あたしはきっと、ガウリイを守るためなら、何度だって金色の魔王に祈るだろう。

神滅斬[ラグナ・ブレード]――!」

 

 役目を終えて気を失ったガウリイを抱き上げ、あたしは翔風界[レイ・ウイング]で道をひたすらに飛んだ。
 幸いそこそこ大きな町だったので、まともな魔法医を見つけることができたのは本当にラッキーだったと思う。
 回復には一晩かかった……が、どうやら完治ということになりそうである。
 診療所の薬草くさいベッドの上で、ガウリイは昏々と眠っている。
「ガウリイ……」
 穏やかなガウリイの顔を見ていると、安堵で手が震える。
 今すぐにでも、その胸に顔を伏せて『よかった』と言いたい。
 きっと、実際目があったらそんな風には言えないんだろうけど。
 でも、今なら少しは素直になれるかもしれない。
 あたしはガウリイの堅そうな頬に指先でふれる。
「ん……」
 あたしの指の感触が目覚めさせたのか、ガウリイはゆっくりとまぶたを開いた。
「リナ……」
 ガウリイはふわりと嬉しそうに笑った。
「無事で……よかった」
 筋金入りの意地まで溶かしていくような、大好きなその笑顔に、あたしはうつむく。
「あんたは……無事じゃなかったわよ」
「ああ……だが、もう治してもらったんだろ?」
「どーかしら。分かんないわよ」
「分かる。リナが笑ってる」
 そっと頬をなでられて、あたしはそっぽを向いた。
「あんまりムチャしないでくれる」
 ガウリイは困ったような顔をしたが、まだ半分寝ぼけているような声で、それでもはっきりと言った。
「光の剣はなくなっちまったけど……オレはお前を守るから。守れるようになるから」
 え?
 思わず正面からガウリイを見る。
 ガウリイは、怪我で憔悴しながらも、包み込むような笑顔であたしを見ていた。
「保護者って何なんだって……聞いてただろ」
「保護者……」
 それは、戦闘になる前、聖堂で話していたことだと気付く。
「答えになったか?」
「え?」
「つまり……お前を、命かけて守るって、お前の重荷を半分持つって、そういう――意味だ。分かってもらえてるって……思ってたんだが」
 照れたような苦い笑いに、あたしは少し顔を伏せる。
 そう、もちろん分かっていた。
 ガウリイが、単に引率のおじさんみたいな軽い気持ちで言っているのではないことくらい。
 あたしだけに向けた、強い覚悟のこもった言葉だということくらい。
 それでも、保護者じゃ足りないと、もっと上を求めてしまったあたし。
 そう言った時の彼の反応が怖くて、ぴりぴりしながら、らしくもなく縮こまっていたあたし。
「なあ……リナ。あいつが言ってたこと……本当なのか」
 あいつが言ってたこと。それは、あの呪文のことだろう。
「それは……」
 うつむいたあたしの手を握り、ガウリイは澄んだ青い瞳であたしの目をのぞき込む。
「リナ……」
 ぎゅ、と握る手に力が入った。
「オレのせいで、お前さんが背負っちまったもんを――オレにも、背負わせてくれ」
「う……」
 あたしはあえぐ。
 言ってしまっていいのかどうか、甘えてしまっていいのかどうか、分からない。
 許してくれる人を求めてしまう、弱い自分が憎い。
 これはあたしが抱えていかなければならない罪だと、あたし1人の重荷でいいと、そう思っていたのに。
「リナ――」
 けれども、握ってくれる手が本当にあたたかくて、あたしを思ってくれる気持ちが伝わってくるから、あたしは震える。
 明日死ぬかもしれない日々。
 さっき死んでたかもしれないあたしたち。
 そんな中で、一緒に背負ってくれるという人を拒み通して悲しい顔をさせることは、本当に正しいことなのか分からない。
 もう、どちらが正しくてもいい。
 全部ぶちまけて、正面勝負をしたいと、思った。
「あたし、あの時……」
 必死に絞り出した声は、囁くような響きになった。
「あなたを助けるために……あいつに――世界を差し出したの」
 ガウリイは、ため息もつかなかったし、眉ひとつ動かさなかった。
 アズレイヤが口走った内容で、分かってはいたんだろう。
「……そうか」
 それでどうなった、とか、どうしてそんなことを、とか、ガウリイは一切聞こうとしなかった。
「うん……そーなのよ」
「そうか」
 分からなくても、自分のせいじゃなくても、あたしと一緒に背負ってくれるというこの人が――あたしには、どうしても必要だった。
「うん……」
 ガウリイの大きな手が、ぽんぽん、とあたしの頭をなでてくれた。
「辛かったな」
「……うん……」
 こんなことで泣いたりしない。
 奥歯をかみしめているのは、泣きそうだからじゃない。
 覚悟を決めてるせいだ。
 そうだ。
 子供扱いされてるとか、見込みがないとか、罪を抱えているとか、そんなこと些細な問題でしかない。
 結局のところ、あたしは彼を手放すことなどできないのだ。
 どんな代償を払っても。
 それなのに、振られるのが怖くて勇気が出せないなんて、ナンセンスだ。
「……あたし、あなたを失うことなんかできないわ。絶対に、どんなことをしても」
「リナ……?」
 ガウリイが、戸惑ったようにあたしを見上げる。
「あたし……」
 す、と息を吸い込んで、ガウリイの青い目をちゃんと見つめながら、言った。
「あなたのことが、好きなのよ」


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 今までの私なら、絶対ここで終わりにしてました(断言)。
 しかし、フリーダムな私は違う。ムダに長いラブラブなエピローグがあるので、もう少々お付き合いください。

 当分戦闘シーンは書きたくないと思います。
 原作ばりの頭脳戦が書きたいわv なんて思ったアホなプロット立案時の私を、誰か殴ってきてください。

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