動き始めた空 3

 宿の階下は、なかなかにぎわった食堂だった。
 村に1軒しかない宿であるが、それにしては繁盛しているといえる。街道からさほど離れていないこともあり、食堂の数そのものが少ないこともあり、旅人村人問わずに訪れてはその日の疲れを癒す場所となっていたのだ。
 陽気に杯を空ける人々の間を、忙しそうに駆け回る女将。でっぷりと太った体のおかげで他の人間を押しのけることに苦労していない。
 旋律のよく分からない歌を大声でがなる戦士風の男たちを軽く突き飛ばし、リナは連れの姿を探した。
 多様な衣装をまとった人間があふれる食堂の中だが、その中にあっても目を引く一団があった。
 豊満な肉体を惜しげもなくさらしている女剣士は、なかなかに注目を集めている。そのとなりにいる、フードを目深にかぶった白づくめの男も一際目を引く。何より、椅子の上に片足を乗せて何やら天井を指差している少女は目立つなどというものではなかった。
 リナは彼らの卓に近づき、そこに飲み物しか置かれていないことに首を捻った。
「や。何、待っててくれたの?」
 彼女を迎えてしたっと手を上げたのは、巫女姿の少女、アメリアだ。
「どもっ! もちろん待ってたわ!」
「おれは別にいいだろうと言ったんだがな……」
 ため息交じりに呟くのが白いフードのゼルガディス。そのフードは顔を隠しているらしいが、余計目立つという噂も根強い。
「よくないですよお!」
 自称女剣士のテレージアは、1人だけパンを頬張りながらなぜか偉そうに主張した。摂取された栄養はすべて胸と腰にいっているものと思われる。
「ちゃんとみんなそろってこそ食べ物が美味しいんですっ」
「そうですよゼルガディスさん! 今晩はわたしたちの再会とガウリイさんの全快を祝う、愛と友情の宴なんですからっ! リナ抜きじゃ始まらないですっ!」
「全快って……ガウリイまだ目ー覚ましてないんだけど……」
 リナの常識的なツッコミは、いつも通りアメリアの耳には入っていない。
「もう治ったようなもんよっ! きっちり復活かけておいたから! リナとガウリイさんのピンチに都合よく現れて、正義の技で傷を癒す! あああわたしこんなに正義のヒーローに近づいた気がするのは、初めてだわっ! やはり最後には愛がすべてを救うのねっ!」
「それが嬉しくて飲みたいのか……あんたは……」
 ゼルガディスまでもがツッコミを入れる。
 リナは苦笑してどさりと体を椅子に投げ出した。
「ま、何でもいーけどね。疲れてお腹すいてるのは確かだし? おばちゃーん! あたしメニュー上から下まで全部ね!」
「リナ1人でずるいわっ! おばさん、わたしは今日のオススメを1品ずつお願いします!」
「あ、それじゃあ私はこのお店の人気メニューを1皿ずつですう!」
「おまえら……メニューを見ようという気はないのか……」
 1人普通にメニューを開いたゼルガディスは、それに目を通すまでもなく終わってしまったオーダーに取り残される。そして、彼の行動こそ正しいはずなのに、無茶な女性陣に囲まれてなぜか理不尽な疎外感を感じていたのだった。

 カタン、とリナがフォークを置いた時、すでにアメリアとテレージアは倒れ伏していた。
「はーっ食った食った! おひしかったぁぁ!」
 テーブルの上には、同席者の顔が見えなくなるほど積み重なった皿の山。
 戦死した女性2人。
 優雅に食後のお茶をたしなむゼルガディス。
 満足そうに腹をさする、もっとも小柄なリナ。
 食事の手を止めてまで目を丸くしている、食堂の客たち。喧騒がすっかり潮を引いている。
「おばちゃーん、後ねー」
『オイっっ!』
 手を上げたリナに、同席者だけでなく辺り中からツッコミが入った。
 一瞬きょとんとしたリナは、足を組んでがしがしと頭をかく。
「あのねーあんたら。いくらあたしでももーお腹いっぱいよ。かよわい乙女がんなに食べられるわけないでしょーが」
 いやいやすでにかよわい乙女の範囲じゃない。
 と、無言の言葉が食堂に満ちた。
「部屋に、まだ寝てんのが1人いるのよ。何か、冷めても食べられそうなもの見繕って作ってくんないかな。できれば栄養つきそうなやつ」
「あ……ああなるほどね。はいよ、お安い御用だよ」
 引きつった顔の女将が厨房に向かい、周囲に大きなため息がもれた。
 むくりと起き上がったアメリアが、皿の山の中からお茶を拾い上げる。
「ふー、死ぬかと思った」
「いやーんリナさんと一緒にいると余計太っちゃう」
 テレージアもいつの間にか復活している。
「いやーさすがのあたしもちょっと食べすぎたわ。あはは」
「いくらリナでも、ガウリイさんが元気になるまでこの調子で食べ続けたら体壊すわよ」
 何気なく言い放ったアメリアの言葉に、リナは瞬く。
「へ?」
「心配なのは分かるけど……」
「あ……ああ」
 リナは少しうつむいて、髪の先をいじった。
「別に……それでイライラして食べてるわけじゃ、ないわよ」
「そう? ならいいけど」
 さらりと言ってお茶をすするアメリア。
「そんなに……落ち込んで見えるかな?」
「まぁ……目の前であんな大怪我されたら、動揺してもしかたないんじゃない?」
 リナはほぅと息をつく。
 実際、ガウリイの怪我はひどいものだった。
 本当にたまたま再会したアメリアが一晩がかりで傷を癒してくれなければ、リナの力ではどうしようもなかっただろう。もちろん村の魔法医にも手を借りたが、ほとんど現役を退いたような年老いた老婆だけでは、やはりどうにもならなかったはずだ。
 近くの大きな街まで彼を運び、魔法医を探して治療してもらう……そのタイムロスの間、彼の体力が保ったかどうか。もし助かったとしても、致命的な後遺症が残っていた可能性はあまりに高い。
 悪夢のような一夜を抜けて、ほとんどただ寝ているだけになった今のガウリイを見ていても、リナの背筋はいまだ嘘寒い。
「でも、ま……落ち込んでてもいいことがあるわけじゃないし、ね」
「リナさん……」
 テレージアが呟く。
「この仕事……降りてもらっても構わないよ」
「何言ってんのよテレージア」
「だって、ガウリイさんの怪我は私のせいでもあるから。こんな危ない仕事になるなんて……」
「それはあたしの読みが甘かったのよ。警戒を怠って、作戦の組み立てをあやまった……。あなたが気にする必要はないわ、これはあたしの責任よ。大体、魔族にびびって逃げ出すなんて、リナ=インバースの名前がすたるわ」
「魔族っ?」
 声を上げたのはアメリアだった。
「『魔王の僕』の連中がっ!?」
「たぶん……。しかしだとすると……めちゃくちゃ安直なネーミングよね、それ……」
 リナは苦笑した。
 『魔王の僕』と名乗る2人組みの盗賊を追いかけて数日、彼女らは相手の方から襲撃を受けた。
 油断から窮地に陥ったリナを守るためガウリイは身を犠牲にして奮戦し、重傷を負った。それが、昨日の夕方のことである。
「……それじゃあ、やっぱり彼らが狙って古文書っていうのは……!?」
「おそらく、写本――」
 写本て何、という間の抜けた相づちが入ることを覚悟しつつ呟いたリナだが、幸いテレージアはそれに関する知識を持っているようだった。
 写本……魔道士がただそう呼ぶ時は、異界黙示録の写本を指す。
 水竜王の意識のかけらとされる、知識の奔流、それが異界黙示録である。その一部を書き写したものを写本と呼び、魔道士内では最高の魔道書と考えられている。もちろん人間の常識を凌駕するその知識は、時に巨大な力となる。力を持って奪い合う動きも数知れない。
 魔族の中には、この写本が人間の手に入ることを危険視する動きがあった。事実リナは過去に写本の処分を命じられて動いていた高位魔族と出会っている。
 『魔王の僕』が魔族である場合、王室に献上されようという写本を力づくで奪いにくることの説明は充分につく。普通の盗賊のようにこそこそしないのも道理、仮にも魔族がそこらの官憲など怖いはずもない。
「やっぱり……ってことは、アメリア、あんたはそれが写本かもしれないって聞いてたのね」
「ええまあ……そういう噂を聞いて、私がうちの国に譲ってもらえないかと交渉したのよ」
 アメリアは、こう見えてセイルーンの第二王女である。
「魔族の中に写本を消そうという考えがあるのは、わたしとしても承知していること。でも、それが手に入れば人間側にとって切り札になる可能性もあるわ。それならば、噂が広がる前にセイルーンで保護して研究を……って思ったんだけど」
「その前に奪われてしまった……」
 アメリアはこくりとうなずいた。
 この件に王女であるアメリアが直接出てきているのも、そのためであろうとリナは思う。兵士を動かせば大事になり、こちらの動きが明るみに出てしまう。だからと言って手をこまねいて見ているわけにもいかない。それで一連の動きの中心になっていたアメリアが自ら追ってきた。
 そうなるとゼルガディスの同行も不思議ではない。彼はもとより写本を探して世界中を旅していた。アメリアの護衛として、そして写本らしきものの回収要員としてこれほどふさわしい男もいないだろう。
「じゃ、魔族が絡んでくることは、ある程度覚悟してたでしょ?」
「もちろん」
「じゃ、答えはひとつね。みんなで奪われた古文書を取り返す……と」
「いいの、リナ……?」
「こうなると……今さら危ないからやめます、ってわけにもいかないでしょ……」
 リナは苦笑する。
 1度請けた仕事なのはもちろん、アメリアやゼルガディスという仲間たちに依頼人のテレージアまでが危険の只中に足を突っ込んでいるのである。魔族を相手にするには報酬が足りないとはいえ、これで知らぬふりをするほどリナは薄情な人間ではない。
「ガウリイはどうするか分からないけど……たぶん嫌だとは言わないと思うわ」
「ありがと……」
 アメリアが複雑そうに笑った。

 

 食事と簡単な作戦会議を終えてリナが部屋に戻ると、そこは出て行った時と同じように静まりかえっていた。
 先ほどまで食堂の喧騒の中にいたせいで、なおさら静寂が耳につく。
 椅子に腰掛けながら、リナは我知らずため息をついていた。
 しっかりと食事をしたはずなのに、体が重く感じる。ベッドにもぐって寝てしまいたいと思うが、寝たところでこの疲れは取れないだろうという気がしてならない。無理矢理張り詰めさせた神経が、疲労を訴えているのだろうか。
 眠りたいのではなく、おそらく目を閉じてそこにある困難から目を逸らしたいのだ。
 しかし、そんなことをしても何の意味もない。
 リナは両手で頬を叩いて自分に喝を入れる。
(今さら怪我だの魔族だのにビビってどーする)
 背筋を伸ばし、目の前で眠る男に指を伸ばした。
 額にふれると、昼間まで高かった熱がひいているのが分かる。月と燭台のわずかな灯りでは顔色まで読むことはできないが、呼吸は穏やかで変な汗もかいていない。後は体力が回復するのを待つのみだろう。
 昨日、青白い顔で倒れた彼を思い出す。全身から脂汗を吹き出させて、尋常でない呼吸を繰り返していた。抱えあげることすら怖ろしいほど大量の血液、肉の断面、白い骨――。
 魂を削るような悲鳴を上げていたのは、自分だっただろうか、連れだっただろうか。
 獣のような声で唸るガウリイ。
 町までの絶望的な距離。自分自身の傷。目の前の敵。
 急に周囲から空気がなくなってしまったかのように息苦しかった。
 薄い皮で、ぶらんと垂れ下がった太い腕。
 慣れ親しんだガウリイのシルエットが、いびつに歪んだ。
「リナ」
 声をかけられて、リナはびくりと震えた。
 どうやら、また意識を飛ばしていたらしい。
「驚かせないでよ……気が付いたのね。気分は?」
「悪くない。オレ――」
「ん、大怪我して倒れたのよ」
「ああ、そっか」
「その後偶然アメリアたちに会ってね。一晩かかって復活かけてくれてたのよ。そうじゃなかったら助かってたかどーか分かんないんだから。明日にでもお礼言っとくのね」
「そうだな……。お前さんは怪我なかったか?」
「ぜーんぜん……あんたがかばってくれたんでしょ」
 ガウリイの腕が、布団から出てリナの頬にふれる。
「……泣いてるのか?」
「なんでよ。泣く理由なんてないでしょーが」
「なんとなく……。あ、実は、オレホントはもう助からなかったりして?」
「馬鹿なこと言わないで!」
 口調を荒げたリナに驚くこともなく、ガウリイは頬に当てていた手を下ろした。リナの手をそっと包んで、口を閉ざす。
 リナは思う。
 この手が失われるところだったのだ――と。
「……いつかも、似たようなことがあったわね」
「そーだっけか」
「ええ……確か、サイラーグで……」
 ルーク=シャブラニグドゥと戦った後のことだった。
 リナは目を伏せる。
 『あんたたちならどうなんだ……? もしも俺と同じになったらどうだ?』
 彼はそう問うた。
 リナはそれに答えることができなかった。
 争いごとに首を突っ込みながら暮らしている限り、その危険は常につきまとう。それを知っていながら、リナたちはその後も同じように旅をしてきた。自分を変えることなど思いもよらなかった。それは、今でも変わらない。
 ただ、変わったこともある。
 たとえば、今黙って握っていてくれるこの手だ……リナはそう思う。
「テレージアが、ね」
「ん?」
「この仕事から降りても構わないって言ってたわ。ガウリイはどうする?」
「リナはどうするんだ?」
「まさかやめるわけにはいかないでしょ? 魔族が相手じゃ怖いです、なんて……。アメリアたちも同じ目的で動いてるみたいだし……」
「じゃあ」
「でも、何ならガウリイはやめてもいーわよ」
 ガウリイは静かにリナを見つめている。
「なんでだ?」
「大怪我したばっかりの体で、魔族相手の戦いは辛いだろうし? 魔族の1匹や2匹、アメリアとゼルと3人いれば何とかなるわ。たぶん。その間ゆっくり休んでてもらっても、あたしは一向に構わないわよ?」
「オレは構う」
 リナの手を包む手のひらに、ぎゅっと力が込められる。
「オレはお前さんの保護者だからな。お前さんが行くって言うなら、当然ついてくさ。他人任せになんか、できるかよ……」
 リナはかすかに唇をわななかせた。
 口から出かけた言葉があった。しかし、言わなかった。
 ただつないだ手をしっかり握り返し、笑って見せた。
「……分かったわ。もう少し眠ったら?」
「ああ……」
 ガウリイが目を閉じる。
 手を布団の中に戻させ、椅子の背もたれに寄りかかり、リナはため息をついた。
(じゃああたしもやめる、そう言えばガウリイはやめるのかな)
 一瞬かすめた思考を、すぐに頭から振って追い出す。
(って何弱気なこと言ってんだあたしは!)

 そのまま、どれくらいの時が過ぎただろうか。
 静かな寝息が聞こえ始め、リナが自分も寝ようかと考え始めた頃。
 その笑い声が響いた。
「何とも、辛いところですねぇ、リナさん?」
 リナは椅子を蹴るようにして立ち上がる。
 癖で近くに置いていたショートソードを拾い上げ、ちらりとベッドに目をやる。そこに、ガウリイの姿はなかった。
 魔族の結界だ、と直感した。
「……聞き覚えのある声ね。ゼロス?」
「ご名答です」
 空気が揺らいだような錯覚を覚えリナが目を凝らすと、そこには笑みをたたえた神官姿の男が立っていた。
 外見は人間と寸分違わない。ありがちな黒い神官服、黒い髪。ふとすると人がよさそうにも見える男だったが、実体は物質界にない。リナはその正体を知っていた。以前写本をめぐって対立した高位魔族、ゼロスである。
「なるほど、やっぱり、この件あんたも一枚噛んでた、ってわけね……」
「この件……というと?」
「お得意のおとぼけに付き合う気分じゃないのよ。あんたが写本を回収する仕事してるのはよーく分かってんのよ。写本を奪って、見た人間始末しようっていうんでしょ」
「特に始末しようと思っているわけじゃありませんが……写本を探していることは確かですね。その意味で、あなたがたと目的は同じです」
「同じ……?」
 リナは眉をひそめる。
 魔族側はすでに写本とおぼしき魔道書を手に入れている。リナたちの目的は、それを奪回することにある。れっきとした魔族であるゼロスが、今さら写本を探す必要はない。
「グンゼウムさんが写本らしきものを見つけたそうですね。でも、僕、彼と仲良しさんではないので」
 さらりと言い放つ。
「と、いうわけでですね……何もあなたをどうこうしにきたわけじゃないんですよ」
「じゃ、何しに来たのよ。ご丁寧に結界まで張って」
「いやぁ……面白そうなお話をなさっていたので、ついつい……」
「暇人か、あんたはっ」
「いえあの一応仕事中なんですが……」
「かーっ。このお役所仕事魔族っ! 仕事中と言い放ちながらお給料もらってしゃべくり倒してるパートのおばちゃんか、あんたはっ!」
「でも仕事はきちんとしてますし……」
 声が小さくなっていくゼロス。
「……待ちなさいよ。あんた、面白そうな話をしてたって……いつから聞いてたの?」
 静かに微笑むリナ。
「あ、リナさんがお食事に行かれる前あたりから、ずっと見てました。いやぁ、どきどきしちゃいましたよ、僕。リナさんも女の方だったんですねぇ」
「んふふふふ悪夢の王の一片よ……」
「ほんの冗談じゃないですか、いやだなぁ」
 言いながらもその頬には冷や汗がにじんでいたりする。
「だーっやかましっ! これが乙女の正しい恥じらいってもんなのよっ!」
「まぁまぁ、怒らないで下さいよ。素敵なプレゼントを差し上げますから」
「いらない、んなもん」
 ゼロスが1歩前に踏み出す。
 リナは、妙な予感に押されるようにしてわずかに後退した。
「そう言わずに、受け取ってくださいよ。お話をうかがいながらせっかくいろいろ考えたんですから」
「あんたが放っといてくれるのが何よりのプレゼントよ」
「つれないですねぇ」
 瞬間。
 ふいとかき消えたゼロスの姿は、リナの目の前に現れていた。
 リナは身を引く。しかし、その動きは高位魔族の動きを避けるには圧倒的に足りない。
 素早くゼロスの手が伸び、リナの額を覆った。
 正確には、その目元を。
「プレゼントです、リナさん♪」
 激痛に思わず声を上げ、リナの意識はブラックアウトしていった――。

 

 再びリナが目覚めたのは、自分を呼ぶ声に気付いたからだった。
 ガウリイの声が、やけに間近に聞こえる。どうやらベッドを降りて彼女を揺り起こそうとしているらしかった。
「……ガウリイ?」
「リナ……気がついたか。どうした」
 さほど時間は経っていないらしい、とリナはまぶたの裏に映る光の加減で思う。
 まだ辺りは暗闇に閉ざされたままだった。
「いやちょっと……」
 言いながら体を起こす。
「何か、やけに暗いわね……」
「そりゃお前さんが目閉じたままだからだろーが」
「へ?」
 リナは瞬きを試みる。
 光の加減は、まったく変わらない。
「目……閉じたまま……?」
「おいおい、本当に大丈夫か?」
「だって……開けようとしてるよ?」
 ガウリイの返事は、沈黙だった。
「あたたたっ! ちょっと、何すんのよガウリイ!」
 無理矢理まぶたをこじあけようとする指に、リナは声を上げる。
「リナ……おい」
 切迫感の飛躍的に増したガウリイの声に、リナは息を吐いた。
「なるほど……これが、プレゼントってわけね」
 リナのまぶたは、どうやっても開かないままになっていた。

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